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PHR市場の潜在力を引き出すユースケースを支える情報連携基盤【第35回】
自らのデータを自らが管理し自らの意思でサービスを選べることが要諦
PHRの社会実装を加速させるためには、日本における普及のハードルが何かを理解する必要がある。第1のポイントは個人情報の取り扱いだ。ライフログや機微な情報を取り扱うためには、利用者が「データを提供しても安全だ」と信頼できる環境でPHRサービスを利用できることが重要である。
PHR情報連携基盤では、PHRデータを蓄積する機能・事業者(PHR事業者)と、サービスを提供する機能・事業者(サービス事業者)を分割することで、利用できるPHRサービスの選択肢を格段に広げようとしていることは前述した(図3)。
その際、PHR情報連携基盤は、基盤としてはPHRデータを保持せず、基盤に接続した各社のデータを仲介・中継する役割に特化する。基盤には、高いセキュリティレベルを確保した上で、①認証、②認可、③同意管理、④基本データの交換の4つの要素を実装し、利用者が安心して利用できる高いセキュリティ環境と、各PHRサービスが効率よく連携できる環境を実現する。
第2のポイントは、利用者自身が「自分のデータは自分で管理できる」ことだ。自分の意思でデータを管理し、データを提供した本人が、その結果として付加価値の高いサービスを享受できる。そうした環境の実現が重要であり、それが利用者の理解と意識の醸成につながると期待されている。
スマートウォッチなどのデバイスは目覚ましい勢いで普及した。しかし、そのデータの活用については、特に我が国においては限定的だと言える。本質的には、本人が望み、同意が得られれば、本人に帰属するデータは、どのようなサービスに利用しても良いはずだ。
そうしたデータ活用が促進される世界を作るためには、デバイスやサービスに縛られず、個人が同意すれば、使いたいサービスを選択し、手持ちのデータが連携され、そのサービスを利用できる環境が必要になる。つまり、PHR事業者とサービス事業者をつなげるPHR情報連携基盤の役割が重要になる。
その結果、これまで1つのユースケースしか生み出せなかったPHR事業者が、掛け算で価値を創出できるようになる。この考え方は、本連載で触れてきた都市OSのコンセプトとにも共通していると感じていただけることだろう。
PHR市場の発展が地域医療の充実につながる
病気にかかった際、診察を受けるクリニックも中核病院も全ては地域にある。その地域内でPHR情報が本人同意の元、医療・介護などに利用できれば、私たちの暮らしはどうなるだろう。
例えば、通院時だけでなく、普段の食生活や心拍数などのライフログ情報が共有されれば、より個人に最適化された医療・介護サービスを提供できる。その結果、治療や入院期間の短縮など個人の負担軽減に役立ち、ひいては医療従事者の負担軽減と医療費抑制にも寄与できる。
しかし医療や介護の領域には種々の法律や規制があり、簡単には踏み込めず、多くの企業が二の足を踏んでいる。ただ“医療外”の領域では、事業者同士が切磋琢磨することで、良いサービスを提供しやすい。つまり、個々人に最適なユースケースを提供できる環境が整いやすい。それゆえに、市場としてのポテンシャルは、医療外の領域が非常に大きいと見込まれている。
とはいえ、医療外であってもユースケースづくりには独特の難しさがある。利用者が「使って良かった」と思える新しい体験を、どうすれば具現化できるのか。その問に対し次回は、大阪・関西万博に向けた実践の中で得られた知見を共有したい。
藤井 篤之(ふじい・しげゆき)
アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程単位満了退学後、2007年アクセンチュア入社。スマートシティ、農林水産業、ヘルスケアの領域を専門とし、官庁・自治体など公共セクターから民間企業の戦略策定実績多数。共著に『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』(日経BP、2020年)がある。
木下 博司(きのした・ひろし)
アクセンチュア 公共サービス・医療健康本部 アソシエイト・ディレクター。大手SIerでインターネットの草創期にマーケティングを担当し普及啓発に従事。日本初の金融機関向け大型アウトバンド系コールセンターの立ち上げや、リホスティングなどの大型SI案件を経験後、2015年アクセンチュア入社。中央政府のデータヘルス改革、PHR政策支援などヘルスケア領域を中心に活動。同時に地域の健康・医療サービスの高度化を支援し、その一環でスマートシティや地域連携なども担当する。
中西 修(なかにし・おさむ)
アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 シニア・マネジャー。筑波大学大学院理工学研究科修了後、日系シンクタンク、戦略系コンサルティングファームを経て、アクセンチュア入社。20年にわたりヘルスケア、ライフサイエンス領域を専門にしている。現在は主に、中央官庁、病院等をクライアントに、医療・介護の政策立案支援から社会実装まで幅広い領域を担当する。
忽那 嘉和(くつな・よしかず)
アクセンチュア 公共サービス・医療健康本部 マネージャー。介護系事業者団体にて十年超従事し、当該団体を通じて社会保障審議会における介護報酬改定などにおける政策立案のほか、法人組織の中長期戦略策定と施策実装、調査研究、事業者向け研修等事業全般を担当。2021年アクセンチュア入社。ヘルスケア分野を中心とするスマートシティプロジェクトを軸に、内閣府、経済産業省、厚生労働省、民間事業者におけるヘルスケア・介護とデジタルサービス事業創発などに従事。MBA。