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PHRサービスのユースケースづくりの難しさと対策【第36回】

藤井 篤之、村本 美知(アクセンチュア)
2025年1月16日

PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)の本格的な社会実装によって実現する健康長寿の社会は、スマートシティの取り組みにおいても重要なテーマの1つである。そのユースケースとして2025年に開かれる大阪・関西万博では、PHRサービスが体験できる予定で、そのためのシステム開発が進んでいる。今回は、PHRサービス開発における難しさと、大阪・関西万博に向けた取り組みから得られた知見を共有する。

 2025年に開かれる大阪・関西万博では「未来社会の実験場」をコンセプトに、デジタル技術が生活に溶け込んだ新しい日常を体験できる場が来場者に提供される。歴史的にみて万博(国際博覧会)は、新技術の実証の場であり、かつショーケースの機会であり続けてきた。

 万博では、さまざまなステークホルダーが1つの場初でテクノロジーを軸にコラボレーションし、来訪者や周辺住民らに新しい体験を提供する。その観点でみれば、開催自体は時限的とはいえ、万博という“場”もスマートシティの一種であるとも捉えられる。特に近年は、デジタル技術を積極的に活用しており、「地域 × デジタル」やスマートシティといったイニシアチブとの親和性が非常に高まっている。

大阪・関西万博で未来感のあるヘルスケアサービスを創出

 未来社会に向けて、PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)の活用が目指すのは「自然と健康になれる社会」の実現だ。大阪・関西万博では、来場者に未来的なユースケースを提供し、具体的な納得感や満足感を体験できるようにする計画である。「実際に使ってみたい」「これがあれば自分の生活が改善されると思う」など、PHR自体の理解浸透に加え、将来的な期待感の醸成と、PHRサービスの社会実装の加速に貢献すると期待されている。

 ユースケースの提供では、PHRデータを保有するPHR事業者と、健康関連のサービスをB2C(企業対個人)やB2B2C(企業対企業対個人)の形で提供するサービス事業者とを、情報連携基盤(PHR基盤)でつなぎ、ヘルスケア関連サービスを提供する(図1。『PHRの連携が地域医療の質を高める【第34回】』参照)。

図1:大阪・関西万博で提供するPHRを活用するヘルスケア関連サービスの概念(EXPO-PHR広報事務局プレスリリースを元に作成)

 来場者は使ってみたいサービスがあれば、データ利用に同意すればよい。サービス側のシステムがPHR基盤を経由して対象のPHRデータを参照する。PHR基盤は、データ参照のための権限やアクセス許可を管理し、各サービスと対象データをAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)でつなぐ。各サービスを仲介するだけで、PHR基盤内にPHRデータを保持しない仕組みにより、データ流出などのリスクを最低限に抑える。

 この取り組みは、経済産業省の「令和5年度 補正PHR社会実装加速化事業 情報連携基盤を介したPHRユースケースの創出に向けた課題・論点整理等調査実証事業」の一環だ。ちなみにアクセンチュアは、本事業の運営事務局と大阪・関西万博のICT基本計画策定を受託している。

 本事業では10個のユースケース創出を推進している。各ユースケースはサービス事業者1社とPHR事業者1〜2社による共創で実現する。参加するサービス事業者の半数以上は、これまでにPHR事業を実施したことがないだけでなく、事業の検討自体が初めてだ(図2)。多くがPHRビジネスを「最優先で取り組むべき事業」に位置付け、本事業をPHRビジネスへの参入を検討する絶好の機会と考えている。

図2:PHR事業の各社の実施度と優先度(出典:アクセンチュアによる参画事業者アンケート、2024年5月実施)

 ユースケース創出を目指す本事業によって企業間の対話が進み、具体的なコラボレーションが進展すれば、見込み顧客の概念や利用者の意識をも変えるような新サービスの誕生や、パーソナライズによる品質向上、PHRデータの新たな活用の可能性などが期待でき、ヘルスケア産業の市場拡大に寄与するだろう。そうした成長性に経産省も大きく期待している。