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PHR市場の潜在力を引き出すユースケースを支える情報連携基盤【第35回】

スマートシティの取り組みにおいて、医療・健康データの連携は重要な意味を持つ。特に「PHR(Personal Health Record)」の活用は、地域医療の高度化・効率化の鍵になる。前回、PHR市場は(1)医療・医療外、(2)直接介入・間接介入の2軸に分類できると説明した。このうち医療外・直接介入については、経済産業省が主体になってユースケース構築を推進している。その一部が2025年4月に開幕する大阪・関西万博で体験できる予定だ。
前回、解説したとおり経済産業省は、「思いやりが循環し、誰しもが自分らしく、安心して暮らすことで自然に健康になれる社会」を「PHR(Personal Health Record)」の活用により実現しようと取り組みを推進している。
令和5年度補正事業でPHRの社会実装を加速
しかし、PHRを取り巻く市場の状況は、やや複雑だ。PHRデータを取得しサービスを提供しているPHR事業者も、さまざまな製品/サービスを市場投入しているものの、安定した収益を確保できている企業は少なく、結果、PHR市場全体のビジネス規模をなかなか拡大できずにいる。その最大の理由は、PHR単体では収益モデルを成立させにくいことにある。
例えば、あるスポーツクラブはPHRを理想的な体作りに活用している。その日のPHRデータに基づきワークアウト(運動)の内容をレコメンド(推奨)することで、効率の良い体づくりを支援している。だがPHRは、サービスの構成要素としては不可欠であるものの、直接的に収益を生み出すわけではない。あくまでもスポーツクラブが他社との差別化を図るため付加価値サービスの1つとしての提供である。
こうした課題を経産省も把握している。PHRサービスの価値向上に向けた取り組みに「令和5年度補正PHR社会実装加速化事業(情報連携基盤を介したPHRユースケースの創出に向けた課題・論点整理等調査実証事業)」を通じてチャレンジしている。そこでの基本的な考え方は、以下である。
「PHRが、特定デバイスや企業が提供するサービスの閉ざされた環境でしか利活用されない現状を打破するため、PHRサービスを提供する事業者(PHR事業者)が保有するデータと、PHRに関心がありデータがあればレコメンドサービスを提供可能な事業者(サービス事業者)とに役割を分け、他社のサービスと相互連携可能な環境を構築し、それにより新しいユースケース(ライフスタイル)が創出されることを目指す」
未来のライフスタイルが大阪・関西万博で体験できる
PHRを活用した新しいライフスタイルが体験できるのは、それほど遠い未来の話ではない。2026年以降には到来すると見込まれている。とはいえ未来のライフスタイルが、ある朝、突然に始まるわけではない。PHR事業者がユースケースを作り、改善し、それを利用者が活用・評価することで、さらにレベルの高いサービスに仕上げていく。その結果、より良いユースケースが市場に受け入れられ、徐々に社会へ浸透していく。
その契機になるのが、2025年4月に開幕する大阪・関西万博である(図1)。「利用者が自身のPHRデータを送信しておくと、個々にパーソナライズされた新サービスを体験できる」という仕組みが実現される計画だ。そこには製薬や食品、ゲーム、ホテル運営など種々の業種・業態の企業、約20社が参画する。経産省は2024年10月8日、その未来の体験として10件のユースケースを記者説明会で公表した。
10件のユースケースは大別すると、(1)食事、(2)運動、(3)睡眠、(4)ライフスタイル・アドバイスの4つに分けられる(図2)。
これらユースケースは万博閉会後も実サービスとしてローンチするなど社会実装を始める。そこから段階的に地域の医療・介護、行政サービスとの連携を進めながら、社会への定着を目指す。地域医療の高度化や超高齢社会の課題解決につながることも期待されている。
地域への拡大に当たっては、スマートシティの取り組みのなかで都道府県単位の導入が進む都市OS(データ連携基盤)と、本件事業で構築されるPHR情報連携基盤が連携する、もしくは都市OSにPHR情報連携基盤の機能を付加させることで、全国津々浦々の国民が、そのメリットをタイムリーに享受できるようになるだろう。