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PHRサービスのユースケースづくりの難しさと対策【第36回】
PHRサービス開発の主な課題は3つの領域と規制対応
とはいえPHRサービスに対する懸念点がないわけではない。例えば次のような声がある。
●利用者ニーズに合致したうえで、収益性が高いビジネスモデルを検討できるかどうか
●検討するうえでは継続的な収益を見込めるかどうかが重要
●収益性の見通しが不透明なため良いビジネスモデルが描けていない
こうした各社が悩んでいるポイントは大きく、(1)マネタイズ、(2)PHRデータがサービスの提供目的に合致した付加価値になるかどうかのサービス設計、(3)システム間連携を含む技術的課題の3つの領域に分けられる。特に(2)サービス設計は、データの価値をいかに最終利用者の体験価値に結び付けるかという重要なテーマである。
マネタイズでは、全く新しいサービス/商品を立ち上げ新規事業として展開する方が収益化は容易である。既存サービスにPHRを追加しても、それに伴う追加費用を顧客が支払ってくれることは難しい。
サービス設計においては、利用者は、精度が高いPHRデータを提供しているのだからパーソナライズされた質の高いサービスを期待する。だが実際には1人ひとりの利用者のQoL(生活の質)の向上に、どのようにつながるのかを確認するには緻密な検討と検証が必要になる。
そもそもPHRサービスは、単に生データがあるだけでは成立しない。サービスの内容や構造、仕様によって、必要なデータの粒度やデータ取得の最適なサイクルも変わってくるからだ。15分間隔のライブデータが必要か、前日までの行動のサマリーでよいのかなど、必要なデータセットを慎重かつ緻密に検討しなければならない。
技術面では特に、データ参照の仕組みとしてシステムの改修や準備が必要になる。
加えてユースケース創出では規制対応も大きなポイントになる。特に飲食関連のPHRサービスは、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律。旧薬事法から2014年改正)をしっかり把握しておかねばならない。薬機法は「健康になる」と宣伝的な訴求を認めていない。
しかしPHRは個人に紐づくデータであり、高度なサービスの提供が可能になるだけに、健康増進のためのサービスが自ずと医療に近づいてしまう。サプリメントが超高品質・高機能になれば医薬品との境目が曖昧になるようなものである。従って、サービスの高品質化はいずれ限界に達し、社会実装では医療領域に近い一般生活領域のサービスが主になっていく可能性が高いとみられる。
そうした中で厚生労働省が現在、新産業を盛り上げるための取り組みを進めると同時に、医療・健康の高度化を推進している。健康と医療の橋渡しが社会全体で取り組んでいくテーマになるだろう。
リーダーシップと部門間連携が成功の要諦
ユースケース創出に取り組むPHR事業者の多くはスタートアップ企業や中小規模の事業者で、社長や役員クラスがトップダウンでリードしている。一方、サービス事業者には一般的な大企業も名を連ね、事業には事業責任者や部長級などがコミットしている。今後に向けては、それぞれに新市場を開拓していく気概と先見性、迅速で強い意思決定が求められる。
PHRサービスの開発では、一般的なサービス開発プロジェクトよりも社内上層部のリーダーシップが必要になる。多数の部署をまたいだプロジェクトにならざるを得ないからだ。特に、システム部門の早期参画は不可欠である。例えばPHRサービスのために企業間でシステム連携を図るには、API連携であるとはいえ実際にはアーキテクチャーが異なるシステム同士をつなぐための念入りなすり合わせが必要になる。
セールスやファイナンスなどからも、プロジェクト発足段階から参画を得ることが重要だ。PHRサービスの開発でつまずきが露呈してくると、その挽回には時間と労力が多大にかかる。主幹部門が力ずくで進めるのではなく、各組織を巻き込んだプロジェクト運営が求められる。
PHRサービスはこれから本格的な社会実装の段階に入るが、その過程は泥臭く、地道な検証作業の連続だ。メディアが紹介するピカピカなユースケースを真似れば手軽に市場参入できると思ったら間違いである。サービスカテゴリーに対し、潜在的な顧客ニーズをしっかりと把握し、ニーズに合致する適切なPHRの選定や、そのPHRに基づくパーソナライズが顧客の投資に見合う価値があるかを検証し続けなければならない。
システム開発面でも、PHRサービスを既存システムと連携するには、それぞれのシステム仕様を細かく確認し、データ形式やセキュリティレベルを合わせる必要がある。その作業は非常に煩雑で、多くの時間と労力を要する。プロジェクトが進んでみて初めて、企画段階では気づかなかった配慮すべき事項の多さに愕然とするかもしれない。だからこそ、いち早く取り組むことで、ビジネス機会の獲得で優位に立てるだろう。
次回はスマートシティの視点から、PHRによる未来のヘルスケアと都市OSとの連携について説明する。
藤井 篤之(ふじい・しげゆき)
アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程単位満了退学後、2007年アクセンチュア入社。スマートシティ、農林水産業、ヘルスケアの領域を専門とし、官庁・自治体など公共セクターから民間企業の戦略策定実績多数。共著に『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』(日経BP、2020年)がある。
村本 美知(むらもと・みち)
アクセンチュア ソング本部 シニア・マネージャー。広告会社で戦略PRやCX視点での統合コミュニケーション戦略立案・プランニングを経験後、2023年1月よりアクセンチュア ソングにて、企業/ブランド/サービスのマーケティング&コミュニケーション領域のコンサルティングに従事。経済産業省PHR社会実装加速化事業のプロジェクトに参画し、ユースケース創出支援およびPHR普及の広報活動の計画・実行を担っている。