• Column
  • スマートシティのいろは

AI時代を迎え日本型スマートシティを「二層分離」で再起動する【第38回】

藤井 篤之、米重 護(アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部)
2026年4月16日

スマートシティアーキテクチャーを「二層分離」で再定義する

 イノベーションと安定性のジレンマを打破する鍵は、2025年のノーベル経済学賞(仏コレージュ・ド・フランスのフィリップ・アギヨン教授ら3氏が受賞)が光を当てた「イノベーションと、それを可能にする社会構造(制度)」の重要性にある。アギヨン教授は自著において、成長プロセスの3つの原則を挙げている。

原則1 :成長プロセスは知識の普及と蓄積に依存し、新しいイノベーションは過去の知識の“巨人の肩”に乗って生まれる
原則2 :イノベーションの創出には知的財産権の保護など、それに適した制度整備が必要である
原則3 :イノベーションは既存の超過利潤を破壊するため、競争環境を整え、新規参入を促進する“創造的破壊”が不可欠である

 そこで筆者らは、このアギヨン理論を都市政策に適用した「二層分離」を提唱したい。二層とは(1)イノベーション層(実験)と(2)実装層(インフラ)である(図1)。

図1:スマートシティプロジェクトの持続可能性を高める「二層分離」モデル

イノベーション層(実験):失敗を「学習資産」に変える

 失敗を許容し、リスクを取って挑戦するための層である。ここでは単年度の黒字化や全住民への公平性は求めない。評価指標(KPI:Key Performance Indicator)は「導入件数」ではなく「何が分かったか(学習の質)」だ。失敗を「税金の無駄」ではなく「将来のコストを下げるためのデータ購入」と定義し直す。

 これは「失敗をKPIにする」という発想の転換である。欧州のように公的支援が潤沢ではない日本だからこそ「実験層での赤字」を「将来の社会コストを下げるための学習コスト(必要な投資)」だと言い切ることで初めてリスクマネーが動く。二層分離によるリスクの切り分けが必要なのだ。

 先行事例に、シンガポール金融管理局(MAS)の「規制サンドボックス」やヘルシンキの「アジャイル・パイロッティング」がある。いずれも「失敗の許容」を制度に組み込み、行政が実験そのものを購入することで、スタートアップと都市が共に知見を蓄積するエコシステムを構築している。

実装層(インフラ):「公的負担の構造転換」と競争領域の確立

 ここで求められるのは、公費の増額ではなく、公的負担の考え方そのものの転換である。日本のデジタル庁も「協調領域」と「競争領域」の峻別を提唱している。協調領域とは「誰が作っても同じで共通に必要とされる基礎的機能」である。具体的には、データ連携基盤や、認証・決済の共通ツール、オープンデータなどだ。国連では「デジタル公共財(Digital Public Goods)」と定義している。

 しかし重要なのは「協調領域 = 公的負担」という単純な図式ではない。これまでのスマートシティでも、公費は大量に投じられてきた。問題は、性質が異なるものが仕分けされないまま一律の評価軸で扱われてきたことだ。

 実証段階から実装レベルの採算を求め“失敗”の烙印を押す。公共財として長期投資すべきものに短期補助を当て「KPI未達」で打ち切る。あるいは民間が自立すべき領域にまで公費を入れ市場形成を阻害する。こうした混同が「補助金が切れればサービスも終わる」構造を生んできた。

 近年は「デジタル田園都市国家構想交付金」のように、データ連携基盤を協調領域として整備する動きも出てきている。しかし基盤整備だけでは不十分だ。必要なのは、公的負担全体を性質に応じて仕分けし、それぞれに適した評価軸の設計である。そこで公的負担の構造を次の3層に再編成することを提言したい。

(1)実験層 :失敗をKPIとした学習投資。単年度黒字ではなく「何が分かったか」で評価する
(2)協調領域(インフラ) :個々のサービス単位ではなく、全体的な社会便益を目途に固定費で負担する。データ連携基盤や認証基盤など、民間単独では採算が取れないが社会インフラとして不可欠なものが対象になる
(3)競争領域 :その上で、民間企業が純粋にサービス品質で競う。公費に依存せず、B2C/B2B(Business to Business:企業間)の市場原理を機能させる

 デジタル庁が推進するデジタル公共財の考え方においても、協調領域として切り出し共有したデータや共通のソフトウェアが、競争領域の市場フロントを押し上げていくという構造が重視されている。行政が協調領域を全体最適の視点で支えることで、民間は損益分岐点を下げ、純粋なサービス競争による価値創出に注力できる。この公的負担の構造転換こそが、街全体の経済と社会システムを最適化する鍵になる。

AIがスマートシティの“主役”を交代させる

 ただし、制度とインフラを整えただけでは都市は動かない。道路を敷いても、走る車と運転する人がいなければ風景は変わらない。データ連携基盤を構築しても、その上でサービスを生み出す担い手がいなければ、基盤は静かに眠り続けるだけだ。

 では誰が、その担い手になるのか。大手ITベンダーか、中央省庁の司令塔か。いずれも違う。AI技術の進化は、スマートシティの“主役”そのものを交代させつつある。現場の課題を最もよく知る自治体職員や市民も、自らの手で都市サービスを創り出す時代が始まっている。

 次回は、生成AI技術とノーコード開発ツールが可能にした「市民開発(Citizen Development)」の潮流と、それを安全に支える技術基盤の設計思想を探る。

藤井 篤之(ふじい・しげゆき)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程単位満了退学後、2007年アクセンチュア入社。スマートシティ、農林水産業、ヘルスケアの領域を専門とし、官庁・自治体など公共セクターから民間企業の戦略策定実績多数。現在は戦略グループにおけるAI関連ビジネスのリードを務める。共著に『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』(日経BP、2020年)がある。

米重 護(よねしげ・まもる)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ シニア・マネジャー。通信事業者を経て2017年アクセンチュア入社。テクノロジーストラテジー領域にて、通信・建設・自動車等の社会インフラを基軸に、5Gやデジタルツインを活用したDX戦略・新規事業構想に従事。現在はエージェント型AIを企業の抜本的改革の鍵に位置付け、本領域のビジネス創出をリード。「技術と人間性の融合」を掲げ、通信事業者のAI駆動開発戦略など、業界変革プロジェクトを多数手掛ける。