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AI時代を迎え日本型スマートシティを「二層分離」で再起動する【第38回】

日本のスマートシティはこれまで「便利なアプリケーションの集合体」を目指してきた。全国各地で多くの実証実験が実施されながら社会実装にまで至らずに“消失”したプロジェクトが少なくない。しかし今、生成AI(人工知能)技術という“自律的に動く知能”の登場を背景に、新たな制度設計論が、その閉塞感を打破しようとしている。今回から、AI技術の進化を前提に社会課題を解決するための“都市の再設計”について考察していく。今回は、技術導入前に問うべき「都市の前提条件」を再定義し、成長と持続可能性を両立する新たな都市モデルを提言する。
「実証実験では成功したが、翌年の予算がつかずに終了した」--。日本の自治体や企業の現場で繰り返されるこの言葉は、現代のスマートシティが直面する“制度的疲労”を象徴している。技術的な事例として華々しく披露されたプロジェクトが、補助金が途切れた瞬間に停止する。こうした“展示会型”のスマートシティの現象は「PoC(Proof of Concept:概念実証)の罠」と呼ばれている。
その原因は技術の未熟さではない。真のボトルネックは、イノベーションを生むための「実験の論理」と、住民サービスを安定供給するための「実装の論理」とが、制度設計の中で混線していることにある。
スマートシティプロジェクトが“死の谷”を越えられない理由
プロジェクトが実証実験から実装に移行しづらい構造的な原因は、具体的な失敗事例を見ると明らかだ。象徴的な例に、フィンランド発のMaaS(Mobility as a Service)の先駆者であるMaaS Globalがある。
MaaS Globalは「交通のNetflix」を掲げて専用アプリケーション「Whim(ウィム)」を提供した。公共交通やタクシーを月額定額で利用できるモデルを展開して注目されたが、2024年に経営破綻した。Whimの破綻の本質的な原因は、単なる事業運営の巧拙ではなく「ビジネスモデルと官民の責任分界の不整合にある」と指摘されている。
これまでWhimは「本国フィンランドでは成功した」と語られがちだった。だが最新の分析によれば、その成功は「法規制により技術的なデータ連携(API:Application Programming Interfaceの開放)が実現した」という意味に過ぎない。ヘルシンキの交通局(HSL)はAPIこそ開放したが、Whimに対する「チケットの卸売割引」は拒否した。結果、Whimはチケットを定価で仕入れて再販せざるを得ず、本国においてさえ構造的な赤字(逆ざや)に苦しんでいたのだ。
海外展開でも苦戦した。例えばオーストリアのウィーンでは公共交通局自らがMaaSアプリ「WienMobil(ウィーンモビル)」を展開し民間参入の余地を塞いでいる。また日本ではJR東日本による「Suica」と「JRE POINT経済圏」という世界最大規模の交通・決済インフラが既に存在している。交通インフラとの統合を持たないWhimが割り込む隙間はなかった。
Whimが破綻した原因は公費不足ではない。問題は、その使い方だ。個々のサービス単位で採算を求めるのか、全体的な社会便益を見据えた固定費として負担するのか。この公的負担の構造を転換しない限り、WhimのようなB2C(Business to Consumer:企業対個人)モデルの成立は難しい。同様の理由から日本でも、多くの「公式観光アプリ」や「ごみ分別アプリ」がサービス終了に追い込まれている。
これらの事例が示すのは「公的機関が自前でサービスを作り、単年度予算で維持しようとするモデル」の限界である。イノベーション(新規事業)のリスクと、インフラ(公共サービス)の安定性を同じ財布で管理しようとすれば必ず“無難な実験”か“予算切れによる廃止”に帰結する。