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EBPM ×AIで行政にデータを活かし政策サイクルを変える【第48回】

松田 脩平(監修:藤井 篤之、アクセンチュア)
2026年9月10日

適応型ガバナンスに転換し政策を“動的”に

 ここで手がかりになるのが「適応型ガバナンス(Adaptive Governance)」である。環境や生態系の管理から生まれた概念で「予測しきれない複雑なシステムを、固定的な計画ではなくモニタリングと学習を繰り返して柔軟に舵取りする統治」を指す。これをEBPM × AIに当てはめると、政策は「静的な計画」から「動的な仮説の連続」へと変わる。

 AI技術は、更新可能な指標を継続的にモニタリングし、一定の評価周期ごとに政策の修正案づくりを支援する。その案が「妥当か、公平か、法令や財政に照らして適切か」は人間が審査する。担当者は計画を守る“執行者”から、エビデンスをもとに政策を練り直し続ける“継続的な学習者”に変わる。

 ただし、これは形式的にサイクルを回すことではない。1回ずつデータの深い掘り下げに支えられてこそ意味を持つ。そして速く回すほど「誰が、どの価値観で、何を最適化するのか」の問いが重くなる。だからこそ人間が最終判断に介在する「Human-in-the-loop」が欠かせない。

 つまり、適応型ガバナンスをEBPM × AIに適用することは、意思決定の自動化ではなく、人間の価値判断を中心に置いたまま、それを支えるエビデンスの回転を速めることなのだ。

 ここで冒頭の3つの壁に立ち返ると、EBPM × AIが、どの壁を突破するのかが見えてくる(図1)。正面から突破できるのは、因果分析の遅さとコスト、すなわちエビデンスの壁だ。効果検証を自動化・高速化し、数千件規模の評価を大規模・低コストで回して、人手では届かなかった量と速度の限界を押し広げる。

図1:EBPMを阻む3つの壁と「EBPM × AI」の打ち手

 一方、データの壁(データの縦割り)と評価活用の壁(評価が次に活かされない状態)は、AI技術だけでは崩せない。前者には横断分析や生成AIによる非構造データの構造化に加え、同意を前提としたデータ基盤が要る。後者には効果を追い続けるモニタリングと、評価が報われるインセンティブ設計が要る。そして全体をつなぐのが、AI技術による分析を解釈し使いこなせる人材である。

データ基盤に加え人と制度も整備する

 技術が正面から突破できるのは1つの壁だけで、残りは制度と人が担う。だからこそ、日本がまず取り組むべきは次の3つである。

取り組み1:省庁横断のデータ基盤整備

 デジタル庁を核に、縦割りを横断するデータ統合の法的根拠と技術基盤を同時に整える。ただし既存データの遡及利用は難しい。鍵は、これから集めるデータに対し最初から“利用と共有の同意”を取りつける仕組みだ。個人が自ら許諾したデータだけを活用し、その意思はいつでも撤回できる。個人の同意を起点とするこの方式は、データの壁を越える有力な出発点になるはずだ。

取り組み2:評価人材の内製化

 外部委託した報告書を批判的に読み、AI技術による分析を解釈できる政策立案者を行政内部で育てる。外部に任せきりでは、評価の当事者意識も、結果を次の政策に活かす感覚も組織に根づかない。統計・データ分析の専門人材を採用するだけでなく、既存の職員がAIシステムと協働しながらデータに触れて学べる実務の場を、研修や出向を通じて継続的に設ける必要がある。

取り組み3:インセンティブ設計

 「評価文化を育てよう」と唱えるだけでは足りない。政策予算の一定割合を評価向けにあらかじめ確保するよう義務づければ、質の高いエビデンスづくりが組織にとって割に合う営みになる。

 さらに視野を先に延ばせば、この考え方は「予測的ガバナンス(Anticipatory Governance)」にもつながっていく。AIエージェントが人のように振る舞う仮想社会で政策を実行前に試すのだ。事後の反実仮想推定から、事前の反実仮想実験への飛躍である。

 ただし、仮想現実が、どれだけ精巧でも現実を正しく写す保証はなく、精緻なほど過信を招く。これもまた「何が効くか」を広げる道具であって「誰が何を優先し、どう責任を取るか」を代替しないことには気を付けたい。

 3つの壁を越え適応型ガバナンスへと転換できれば、「実証で終わる」スマートシティを「実装され、根づく」スマートシティへ近づけられる。効果をデータで確かめ、次の予算や横展開へとつなぐ流れが動き始めるからだ。ただし繰り返すが、AI技術は、その流れを速める道具にすぎない。最終的な責任は、民主的なプロセスと人間の判断に残らなければならない。

 では地域において、その判断を「誰が」担うのか。この問に対し次回は、DAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自立組織)と地域金融、AI技術を組み合わせる新しい地域ガバナンスから考える。

松田 脩平(まつだ・しゅうへい)

アクセンチュア ビジネスコンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジャー。早稲田大学創造理工学部経営システム工学科卒業後、2017年アクセンチュア入社。地方自治体における海外スタートアップの国内誘致事業や中央省庁における対外・対内投資に関する政策立案事業をはじめ、中央省庁・自治体など公共セクターを中心に戦略策定・業務改革・実行支援に従事。

監修:藤井 篤之(ふじい・しげゆき)

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。名古屋大学大学院多元数理科学研究科博士後期課程単位満了退学後、2007年アクセンチュア入社。スマートシティ、農林水産業、ヘルスケアの領域を専門とし、官庁・自治体など公共セクターから民間企業の戦略策定実績多数。現在は戦略グループにおけるAI関連ビジネスのリードを務める。共著に『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』(日経BP、2020年)がある。