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  • 製造業がソフトウェアで収益化を図るための3つの条件

ソフトウェアの価値を正しく認識する【条件1】

前田 利幸(タレスDIS CPLジャパン ソフトウェアマネタイゼーション事業本部 ビジネス開発部 部長)
2021年6月9日

機能を柔軟に切り替える「ソフトウェアデファイン」が主流に

 国内の製造業でも「ハードウェア売り切り」型のビジネスが限界にきているという問題意識は高い。従来型のビジネスモデルである増産による収益構造が崩壊し始めているからだ(図2)。モノが売れなくなる中で、増産を求められるビジネスは持続可能とはいえないだろう。ハードウェアの性能向上がコモディティ(日用品)化を招いたことも背景にある。

図2:モノを売り切るビジネスモデルは限界

 日本国内でも社会インフラの要となるIoT(Internet of Things:モノのインターネット)機器が爆発的に増加し、日常生活にも浸透し始めた。5G(第5世代移動通信システム)が普及していくことを考えると今後は、IoT機器の開発・製造を製造業における新たな成長の原動力だととらえられる。

 ハードウェアであるIoT機器に適切なソフトウェアを搭載することで、無線通信機能を使った自動アップグレード、あるいは遠隔サポート、使用状況のデータ収集と分析、顧客インサイトの収集強化など、数多くのメリットを享受できる。そのためには、繰り返しになるが、これらの機能を実現するためのソフトウェアの開発と搭載が不可欠だ。

 さらに、ソフトウェアのサービス化において脚光を浴びているのが、製品の機能を柔軟に制御する「ソフトウェアデファイン」である。従来、ハードウェアでしか提供できなかった価値の増減を、ソフトウェアで実現する。ハードウェアは単なる“ハコ”であり、製品が持つ本質的な価値は、ハコの中に入っているソフトウェアにあるという考え方だ。

 例えば米シスコシステムズのネットワーク機器では、ベースバンド幅や容量、ポートの有効化といった製品機能をソフトウェアで制御している。物理的な機器には手を触れず、ソフトウェアの設定を顧客の要望に応じて変更し機能を有効化/無効化する。

 米テスラのEV(電気自動車)も、リチウムイオンバッテリーの容量をソフトウェアで制御している。そのためソフトウェアを更新することで、上位車種にアップグレードできる。ソフトウェアが製品の差別化を図り、新しい市場へ事業を拡大させる役割を担っていく。

サブスクリプション方式が事業を安定させる

 売り切り型ビジネスは受注の波がある。売り上げの安定化が難しく、常に追加受注や新規受注を求めなければならない。これに対し、ソフトウェアをサービスビジネス化できれば、安定した収益機会を創出でき売上高や営業収益などトップラインの向上を図れる。

 つまり、モノ売りからコト売りへの転換とは、売り切り型ビジネスからの脱却であるわけだ。「ソフトウェアのサービスビジネス化」を目指す真の意味は、継続的な売り上げを生み出して事業を安定化させるための基盤を築くことにある。

 その中心にあるのが「サブスクリプション(購読)」方式と呼ばれるソフトウェアの販売形態だ。サブスクリプションとは、顧客が利用する機能の数量やデータ容量などの状況あるいは期間に応じて、一定額の利用料を定期的に徴収する方式である。

 サブスクリプション型のビジネスでは、売り上げの長期的な予測が可能になり、持続的かつ長期的な事業成長の原動力となり得る。実際、売り切り型からソフトウェアのサブスクリプション型のビジネスモデル転換を進める企業は、今回のコロナ禍においても、そのダメージを軽減できている。

 例えば、ソニーは主力のエレクトロニクス事業が約7割の減益に陥ったのに対し、サブスクリプション型に移行したゲームや音楽などのコンテンツビジネスにおける収益が安定し、グループ全体の営業利益は3割減に留まっている。

 ソフトウェアのサービスビジネス化は収益の機会を拡大させる。従来のハードウェア売り切り型は、初期に高額な設備投資が必要なため、導入に当たって顧客は慎重な判断が求められる。だがソフトウェアのサービスはチームや部署単位など小規模でのトライアル導入から始められるため、導入障壁が低くなるためだ。

 結果として新規顧客の開拓につながり、自社の他製品の販売にも波及し売り上げの拡大効果を期待できる。ソフトウェアをアップグレードすることで機能を追加すれば、これまでになかった収益を得ることも可能になる。

サービスビジネス化で顧客との長期的な関係性が生まれる

 ビジネスモデルの転換は顧客との関係性も変える。ハードウェア売り切り型のビジネスでは製品を売ることがゴールであり、リピートされない限り顧客とのつながりは途絶えてしまう。だがソフトウェアをサービスとして提供すれば、売り上げ以外に顧客との関係性を継続的に保てるという新しい価値が発生する。

 サービスを継続利用してもらうには契約後のフォローアップが重要であり、顧客との対話や理解、関係構築を促進することで顧客の理解度を深められる。さらにサブスクリプション方式では、顧客のサービス利用状況を把握できるため、新たなニーズを拾い上げ、そこへの新機能の提案も可能になる。

 これまで可視化できていなかったビジネスの実態を知ることは、顧客の離反率低減に向けた施策の考案や新しいビジネスへの展開にもつながっていく。

 世界規模でモノ売りからコト売りへの転換が進む中、ソフトウェアによるサービスビジネス化は、売り上げの継続的な安定性の確保や顧客との長期的な関係の構築というメリットがある。

 次回は成功の条件2として、サービスビジネス化したソフトウェアから収益を上げるためには不可欠なソフトウェアのライセンス(使用許諾)管理について、サービスビジネスの種類とライセンス方式の観点から解説する。

参考文献

1)『VW社長「次の大きな挑戦、エンジンよりソフトウェア」マイクロソフトと提携も』、AUTOCAR JAPAN、2019年3月7日
2)木村雅秀、『追いつめられたVW、ソフトウエア企業に脱皮する』、日経クロステック/日経Automotive、2019年12月5日
3)『VW、電気自動車の投入加速へ 主力ブランドの利益率低下』、ロイター編集、2019年3月13日
4)久米秀尚、『VWのソフト専門組織、既に3000人に ほか』、日経クロステック/日経Automotive、2020年4月10日
5)『医療機器、サービスで稼ぐ』、日本経済新聞、2016年12月2日朝刊(13版11)

前田 利幸(まえだ・としゆき)

タレスDIS CPLジャパン ソフトウェアマネタイゼーション事業本部 ビジネス開発部 部長。ソフトウェアビジネスに取り組む企業に対し、マネタイズを実現するためのコンサルティングやトレーニング、ソリューション提案を実施。業界紙やWebメディアに寄稿するとともに、全国各地で収益化に関するセミナーや講演活動を展開している。IoT関連企業でシニアコンサルタントを経て現職。同志社大学大学院ビジネス研究科修了(MBA)