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  • 新たな顧客接点を創出するコンタクトセンターの姿

コンタクトセンターは顧客に“体験”や“共感”を提供するCX基盤に【第8回】

中野 正人(ジェネシスクラウドサービス ソリューションコンサルティング本部・本部長)
2022年5月13日

技術的な可能性を組織の壁が遮っていないか

 上述したような顧客体験を提供することに対して、反対する読者は恐らくいないはずだ。誰しもが仕事を離れれば一消費者であるのだから、なんらかの嬉しい驚きを伴うような顧客体験が毎回できれば、それに越したことはないと考えるだろう。そして自身が属する企業も、そうした一風違った、かつ印象に残るような顧客体験を提供したいと思っているのではないだろうか。

 にもかかわらず、現実には、印象に残る顧客体験をすることが少ないのはなぜだろう。あくまでも個人的な見解だが、企業における根本原理が、各部門の機能組織としての正しさに理を認める考えが主流で、顧客に与えるデメリットや悪い印象が多少あったとしても、多かれ少なかれ会社都合を通すことをやむなしとする風潮が残っているためではないだろうか。

 実際、NTTの調査結果では、企業の71%が「CX戦略を最優先に立てている」ものの、自社が提供できているCXの自己評価では、「90点以上」と評価した企業は13%に過ぎなかった。

 端的な例としては、CXに最終的にインパクトを与えるWebサイトを巡る企業内での部門同士の見解の相違がある。具体的には、ある部門がユニークユーザー数や資料のダウンロード数、販売/申し込み数など、プリセールス的な視点で見ているのに対し、別の部門ではWebサイトのわかりやすさや更新内容、苦情につながる他媒体との差分、アフターサービス情報の見やすさなど、ポストセールス的な視点で見ているなどだ。

 いずれの部門も、機能組織として決められたことを、きちんとこなしているという点では一見問題がない。だが全方位での顧客応対が可能な未来のプラットフォームでは、プリもポストも関係がなくなる。連綿と続く顧客との関係性の中で、局面ごとに最適な演出ができる能力を持てれば、機能組織的な言い分は通用しなくなるのではないだろうか。そのためにはカスタマージャーに全体を俯瞰すると同時に、それを全社で共有する必要がある(図2、関連動画)。

図2:CXの成功に欠かせないカスタマージャーニー全体を俯瞰した例

コンタクトセンター基盤から全方位のCX基盤へ

 最近、海外にいる同僚とのディスカッションで良く耳にするのが、「顧客第一主義」を貫いた先鋭的な組織を設計する話である。その象徴が、「CCO(Chief Customer Officer:最高顧客責任者)」や「CCXO(Chief Customer Experience Officer:最高CX責任者)」といったCレベル役員の設置である。彼らの配下にWeb部門とコンタクトセンター部門とが統合されている。

 多くのケースで、CCOやCCXOはIT予算も持っており、企業と顧客の境界面に存在するすべてのシステムの設計から構築、運用までを担っている。その組織内に、第7回で触れたAIトレーニング要員が配置され、サンドボックス環境で短期的な試行を繰り返しながら迅速な内製化を果たしている。

 こうした形態を採る組織は、基盤に内包された仕組みから得られる顧客フィードバックに基づき、PDCAサイクルを高速に回すことでパフォーマンスを担保している。「失敗しても早期にリカバリーできれば良い」という鷹揚な文化と相まって、「顧客中心」へと転換を図っているわけだ。

 組織文化は、いずれの企業でも根深く、短期間で変わるとは筆者も考えてはいない。だが今は、従来のコンタクトセンター基盤を内包しつつも、より広義な顧客のふるまい全体を捕捉できる顧客応対基盤が現実のものになりつつある。その基盤が提供できる機能から逆引きし、自社の組織のあり方を見直してみることも、顧客に「私の気持ちが理解されている」と思ってもらうためのアイデアの1つではないだろうか。

効率性重視から人間性重視への転換点にある

 ジェネシスは、CTI(Computer Telephony Integration)ベンダーとしての歴史を持ち、伝統的なコンタクトセンター基盤を主に提供してきた。交換機や専用設備を使った音声通信の世界にコンピューターによる処理を介在させることで、顧客とオペレーターの接続に様々な工夫を施せるようにした。そうした工夫は1990年代までは有効性が高く、コンタクトセンターの黎明期を支えていた。

 2000年代初頭にマルチチャネルが、2010年代にはオムニチャネルというキーワードが台頭してくる。顧客とのインタラクション手段の肥沃化が進み、そのための機能強化が図られてきた結果が現在のコンタクトセンターの姿である。

 オンプレミス型からクラウドベースへと、製品の提供形態は大きく変化したが、インタラクションを最適なオペレーターにつなぎ顧客動向を把握するという点で、基本的な原理は本質的には変わっていない。

 そのメカニカルな動作を支えてきたのは、効率性や生産性といった考え方である。いずれも、人間の役割をコンタクトセンター全体の一部とみなし、数値で評価する発想だ。

 それが、冒頭で示したようにExperience(体験)やEmpathy(共感)という言葉が強調されるようになってきた。“良い体験”とか“心地よさ”の演出を標榜するからには、従来の効率性重視ではなく、人間性重視に切り替える必要がある。

 かつて、アメリカの偉大なる詩人マヤ・アンジェロウ氏は、こんな名言を残している。

 「人は、あなたが言ったことも、あなたがしたことも忘れてしまう。だけど、あなたに対して抱いた感情を忘れることはない」

 本連載の主眼の1つに、コロナ禍が物事を違った視点から考えてみるきっかけになってほしいという願いがあった。デジタル時代において、これだけの社会的な地殻変動が、顧客や企業のふるまいに何らかの影響を与えたと信じたい。そして本連載も、コンタクトセンターや顧客応対の営みに対し、別の視点から考える契機になれたら、これに勝る喜びはない。

中野 正人(なかの・まさと)

ジェネシスクラウドサービス ソリューションコンサルティング本部・本部長。SAPジャパンや日本マイクロソフトを経て2011年にジェネシス入社。ビジネスコンサルタントとして顧客のコンタクトセンター成熟度調査や、その結果に基づくコンタクトセンター高度化プランを多数立案してきた。海外組織とのパイプを生かし、事例情報の収集や海外視察ツアーの企画などに取り組む中で得たコンタクトセンターの将来像に関する幅広い知見を顧客へのコンサルティングに生かしている。