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  • 多様化する働き方が求めるアイデンティティガバナンスの基礎

多様な働き方をアイデンティティガバナンスで支える【条件2】

藤本 寛(SailPointテクノロジーズジャパン社長)
2022年7月4日

第1回では、オンラインでの働き方を基本にするバーチャルファーストの時代に求められるアイデンティティの基礎とその重要性を説明した。しかし、働き方や仮想世界でのアイデンティティは今後も変化・多様化していくだろう。従業員の満足度を高め「人が集まる会社」にするためには、アイデンティティの管理に加えガバナンスを効かせる必要がある。

 バーチャルファーストやメタバースへの対応が現実味を帯びる一方で、バーチャル世界とリアル世界の両方で働く私たちや、そこでのアイデンティティは常に変化していく。そうした変化への対応を企業は常に求められることになる。対応策の前に、まずは変化の内容を理解したい。

人の変化:ジョブ型雇用や副業・兼業へのニーズが高まる

 人の変化においてはまず、ジョブ型雇用の増加が挙げられる。ここにきて国内大手企業がジョブ型雇用に舵を切り始めた。その背景には、採用される人材側のニーズがある。就職・転職情報会社の学情が2022年卒の学生を対象に実施した就職意識調査によれば、「ジョブ型雇用に興味がある」と答えた学生の割合は78.9%と高い(図1)。学生に人気があるのだ。

図1:バーチャルファースト時代の“人”の変化。雇用形態や外部コラボレーションが変わっていく

 学生たちも、自分がやりたいこと、あるいは自分が頑張って勉強してきたことを活かして成果を出せる、やりがいのある会社に就職したいと考えるようになった。中小企業経営者の52.7%も「ジョブ型雇用に興味・関心がある」と回答している(『中小企業のジョブ型雇用に関する調査』、あしたのチーム)。

 ジョブ型雇用では、ディスクリプションで定義した範囲外の職務に就ける際の柔軟性に関する工夫が必要になる。ただし、スペシャリストを採用しパフォーマンスを高めるという面では、ジョブ型雇用は間違いなくトレンドになっている。特に、グローバルでの競争を意識している企業は熱心に取り組んでいる印象がある。ちなみに海外企業はそもそもジョブ型雇用が“当たり前”であり、外資系企業にジョブ型雇用という言葉はない。

 副業・兼業のニーズも高い。先に挙げた学情の調査では、「勤務する会社で認められていれば副業・兼業をしたい」という回答は87.7%に上る。その理由は「スキルや経験の幅を広げたい」からだ。厚生労働省のデータによると、入社3年以内の離職率は31.2%、全体的な離職率は14.2%になっている。まだ少ない印象はあるものの、日本でも転職は珍しくなくなってきている。

 これらの調査結果からは、若者はしっかりと自分の夢や目標、意思を持って仕事をしたいと考えていることが読み取れる。国としても、そうしたやる気のある人たちを採用できるよう、ジョブ型雇用や副業・兼業などを制度として整備していく必要があるだろう。

 もう1つ、異なる観点としてサプライヤーを取り上げた。情報処理推進機構(IPA)の『情報セキュリティ10大脅威 2019』では、「サプライチェーンの弱点を悪用した攻撃の高まり」が初めてランクインし4位になった。委託元の15.4%の企業が、委託先でのインシデント(事故などにつながるおそれのある事態)を経験している。

 あらゆる企業・業態において外部とのコラボレーションが進んでいる現在、サプライチェーン全体を通じてサイバーセキュリティのレベルを揃えることも重要課題になっている。

デジタルアイデンティティの変化:数・種類・複雑さが増える

 アイデンティティにおける変化は、(1)数の増加、(2)種類の多様化、(3)複雑化である(図2)。数に関しては、この5年で約5倍と大幅に増えている。多くの企業がクラウドを使用し始めたことが大きな要因だと考えられる。

図2:デジタルアイデンティティの変化

 多様化は主に、RPA(Robotic Process Automation)に代表されるボット(ソフトウェアロボット)の増加によるものだ。MM総研の調査では、RPA活用部門や業務数が47%増えたという結果も出ている。日本が“RPA先進国”であることも要因の1つであろう。

 複雑化の背景には、クラウドが普及したことでビジネス側、つまり業務部門が独自にSaaS(Software as a Service)などを利用するケースの増加がある。つまり、IT部門が管理していない「シャドーIT」が増えている。

 SaaS管理の専門ベンダーである米Intelloの調査では、IT部門が把握しているSaaSの数に対して、実際には、その3.5倍のSaaSが使われている。IT部門を経由すると、どうしても時間がかかってしまうため、事業部門がコストを負担してSaaSを導入し、ビジネスを早く回そうするのが一因だとされる。

 結果、IT部門が把握できてないアイデンティティが相当数あると考えられ、リスクになる可能性がある。ITコンサルティング会社ITRの調査では、「アイデンティティ管理に関する業務が増えた」「アイデンティティ管理に関する業務が煩雑になった」とする回答が多い。

 これらの企業の中には、アイデンティティを今でも紙やExcelベースで管理している企業も多いと思われる。アイデンティティ管理における運用負担や時間、コストは、多くの企業にとっての課題になっている。