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  • 法律家が答える電子契約を活用するための3つのポイント

電子契約のメリット/デメリットを理解し適用業務を選ぶ【ポイント3】

浅井 孝夫(アドビ 法務・政府渉外本部 本部長)
2021年10月7日

電子契約の導入事例

 電子契約はすでに、様々な業界で導入されています。先行企業はどういう判断から電子サインの導入に至ったのか、導入後にどのような効果を挙げているのかについて、事例を元に確認してみましょう。

ソニー銀行:ローン契約に電子サインを導入

 インターネット銀行のソニー銀行は、住宅ローンの契約手続きに電子サインを導入しています。電子サインの導入に当たっては特に、本人性の確認のリスクを事前検証しました。

 紙の書類による手続きでは、契約書に実印の押印と印鑑証明書の添付を求めることで本人性を確認していました。しかし、電子サインは、実印にあたる電子証明書を利用しない方式です。電子サインにおいて、本人性確認のリスクをどのように減らせるかを社内で何度も議論がなされました。

 議論の結果、着目したのは、「契約書の締結は住宅ローン契約において最後のプロセスである」ことです。そこに至るまでに、電話での契約申し込みのやり取り、住所や勤務先、年収といった本人に関する情報の登録、融資審査などにより、返済能力や本人の契約の意思を確認しています。

 これらの条件があることからソニー銀行は、「契約内容の証跡としての契約書としては、電子サインと電話認証の組み合わせで本人性を確保できる」との意思決定を下しました。

導入効果 :電子サインの導入により、住宅ローンの契約1件当たりに費やしていた時間が短縮され、業務の効率化が図れました。業務時間の短縮により、より多くの顧客への対応が可能になり、契約件数の増加につながっています。

アットホーム:加盟者への業務支援策として電子契約を提供

 不動産情報などを提供するアットホームは、加盟する不動産会社への業務支援サービスにおいて、電子サインを利用した「スマート契約」の仕組みを提供しています。スマート契約は賃貸物件の契約更新業務に利用されています。

 電子サインの導入に当たっては適用対象を含め、システム運用や実業務のオペレーション、法律など様々な側面から検証がなされました。結果、すでに契約を結び信頼関係が構築できているはずの入居者との契約更新処理での利用が適していると判断したのです。

 電子契約では、契約者とやり取りするためのメールアドレスが必要です。契約時にメールアドレスが登録されていない場合が多いことから、アットホームでは次のような流れで電子契約に誘導しています。

(1)契約更新月の前に、メールアドレス登録フォームに誘導するQRコードを記載したハガキを送付
(2)メールアドレスを登録した人には電子契約のフローで処理
(3)メールアドレスの登録がない人には従来の紙の契約書で処理

導入効果 :契約更新を電子契約にしたことで、記入漏れ/記入ミスや押印漏れなどに伴う再送など“やり直し”の処理が減り、契約更新処理の大幅な効率化が図れました。記入漏れなどについては、未入力では次のステップに進めないといった電子的な制御で対応しています。紙の契約書では必要な記載方法の説明も、契約書の入力フォームに入力時のヒントをポップアップ表示しています。

米国:政府系の導入が進む

 電子契約は世界的に広まりつつあります。そうしたなか米国では、様々な州や政府系組織が電子サインの活用を進めています。

アイオワ州:中小企業向け助成金給付制度の効率化

 中小企業を対象にした助成金給付制度の申請に電子サインを導入しています。申請の受理と処理を迅速に給付までの期間を短縮するのが目的です。ポータルサイトを立ち上げてから4週間で2万件以上の給付を完了できました。

ユタ州:テレワーク制度におけるサービスの継続性と効率性を向上

 行政の効率化を図るために導入したテレワーク制度に電子サインを活用しています。新型コロナウイス感染症(COVID-19)が拡大するなかで2500人以上の職員がテレワークに移行し、最初の30日間で5000件以上の文書を処理することで市民の混乱を最小限に抑えられたといいます。

 こうした活用例もあり、各国が法整備を進めています。基本的には、電子契約の有効性を定め、導入を推進する方向にあります。より信頼できる仕組みを作るための動きが、ヨーロッパを中心に活発になっています。

 日本でも、法整備が進むと同時に、2021年9月に始動したデジタル庁を核にデジタル化を推進していることもあり、試験的な導入を含め、行政サービスへの電子契約導入の検討が進んでいます。民間企業においても、押印廃止やペーパーレスへの取り組みとともに、保守的とされる金融業界などを含め、業界的な慣習が見直され、電子契約の導入が進み始めています。

特定部署・特定業務から始める

 デジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みが本格化する中で、電子契約によるペーパーレス化は“DXの初手”として選び易く、導入を進めやすいテーマではないでしょうか。政府の動きとしても、世の中の動きとしても、電子契約は今後、さらに普及していくと予想されます。

 電子契約を導入する過程では、メリット/デメリットで紹介したように、自社の文化や慣習などに改めて気付くこともあるでしょう。一気に導入しようとすると想定外のことも起こります。電子契約の効果を確実にするには、まずは特定部署の特定業務を選び、小さくスタートするのがお薦めです。本連載も参考に、対象部署・業務を見極めてください。

浅井 孝夫(あさい・たかお)

アドビ 法務・政府渉外本部 本部長。2000年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程卒業。2001年弁護士登録後、アンダーソン・毛利・友常法律事務所勤務。2007年韓国最大手の金・張法律事務所に勤務。2008年米カリフォルニア州立大学バークレー校ロースクール(LL.M)卒業後、米ニューヨーク州にて弁護士登録。2009年北京滞在を経て法律事務所に復帰。2011年アドビ システムズ(現アドビ)に入社。