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  • 医療と健康を支えるデジタル活用の最前線

医療・ヘルスケアデータの活用には個人のワクワク感や利便性の実感が必要

「メディカルDX・ヘルステックフォーラム 2022」パネルディスカッションより

中村 仁美(ITジャーナリスト)
2023年2月22日

日常生活のなかで健康を支える仕組みを考える

──PHRの活用に向けては、データやデジタルによって、どういった社会を描くのかというビジョンや共通認識を作る必要があります。

宮田 :私が実行委員を務める日本健康会議では、健康保険組合、自治体保険者、医師会と共にデジタルヘルスケアの領域に関する議論をしています。例えば、健康診断に無関心な人や、その結果が悪くても放置している人に対し、保険者によりオンライン診療やオンライン健康医療相談を促そうといった議論です。

 今の健康診断のあり方は、少しマンネリ化していると思います。オンライン診療のような新しい手法を使って健康診断の結果を有効活用できれば、健康により関心をもってもらえるし、ワクワク感や面白さを感じてもらえるのではないでしょうか。

石見 :デジタルヘルスケア情報の活用は、医者が便利だと思っているだけでは進みません。データの活用にはリスクを上回るワクワク感や利便性があるということを、国民1人ひとりに実感してもらう必要があるのではないでしょうか。

 そのためには、メッセージや取り組みに優先度を付ける必要があります。いきなり「データを提供してください」「データを活用しましょう」と言われても実感しづらい。まず個人にとって役に立つのだというメッセージを送ることが大事でしょう。健康診断データと医療の連携は多くの人にメリットがあるため、ここを優先的に進めるべきではないかと考えています。

藤田 :世界経済フォーラムでは、ヘルスケアに関する議論として大きく2つの潮流があります。1つは従来の医療機関を中心としたヘルスケア分野で、いかにデータを使っていくか。もう1つは日常生活の営みが、いかに健康につながるかです。

 例えば、スマートシティのプロジェクトに、ヘルスケアやウェルビーイング(幸福感)というテーマがあります。そこでは、「健康になるために何かをする」のではなく、「普通に生活して健康を害さない、より健康になる」という視点が重要になってきます。通勤のために歩いているだけなのに健康になるといったことです。

データ活用への不安を上回るメリットの周知が必要

──データ活用を進めるうえでの課題は何でしょうか。

宮田 :日本では、情報セキュリティを不安視する声が根強くあります。それだけに、データ活用には不安を上回るメリットがあることを認識してもらう必要があるでしょう。

 例えば、稀少疾患や難病の患者さんたちの多くは、少々のリスクがあっても自分たちが提供したデータを創薬につなげてほしいと願っています。ですが国は、稀少疾患や難病に関するデータでは「個人が同定されるのではないか」と考え、規制を強めようとします。しかし、臓器の画像や手術中の内蔵の映像から個人が同定されることは、ほぼありません。

 もちろん議論の必要はあります。ですが、もう少しメリットを強調し、本人の同意を取らなくてもデータを使える範囲を広げていく必要があると思います。グローバルでの流れをうまく取り込むべきではないでしょうか。

石見 :社会全体に納得してもらう順番としては、まずはPHRを活用する際の前提として、「基本的に同意が必要である」という方向性を打ち出すべきではないでしょうか。そのうえで、個人にとってリスク以上の社会的なベネフィットが得られるようにする必要があると考えています。

 PHRを1つの事業者が独り占めするのではなく、皆で共有するという考え方も大切です。そうした共有の上に種々の産業やサービスが広がっていく。そうした世界観の共有もポイントだと思います。

藤田 :個人に金銭的なインセンティブを与えるという方法もあれば、「社会のためなら活用しても良い」という価値観もあります。活用のメリットを国民に周知し、コンセンサスを得ることが重要だと思います。ただ、そうした方法は、ともすれば圧力になる恐れもあります。いろいろな考え方があることを踏まえて、制度設計をしていく必要があるでしょう。

 グローバルの流れを利用するという観点では、例えば欧州では「ヨーロピアンヘルスデータスペース」という構想において、ヘルスケアデータの2次利用までを含めた施策を実施しようという動きがあります。こうした新しい流れを見ながら、日本でも立法に関する議論ができればと思います。

水島 :インフラ整備を早急に進める必要があるでしょう。日本には、マイナンバーカードを使って行政手続きをする際のオンライン窓口として「マイナポータル」があります。最初は不安を感じるかもしれませんが、実際に利用してみるとかなり便利な仕組みになっています。ここに情報がどんどん集まってくると、データ社会の実現がまた一歩近くなるはずです。