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  • 医療と健康を支えるデジタル活用の最前線

医療・ヘルスケアのデジタル化には個人医療データ「PHR」の有効活用が不可欠

「メディカルDX・ヘルステックフォーラム 2022」より、東北大学の中山 雅晴 氏と昭和大学の中村 明央 氏

ANDG CO., LTD.
2022年12月12日

健康診断の結果や服薬履歴といった個人の医療データであるPHR(Personal Health Record:個人健康情報記録)の有効活用は、医療・ヘルスケア分野のデジタル化おける重要なテーマの1つである。東北大学大学院医学系研究科医学情報学分野教授の中山 雅晴 氏と昭和大学総合情報管理センターセンター長 教授の中村 明央 氏が、2022年8月27日に開催された「メディカルDX・ヘルステックフォーラム2022」(主催:メディカルDX・ヘルステックフォーラム実行委員会)に登壇し、PHR活用に向けた最新の取り組みを紹介した。

 「血圧や体重、心電図などを計測できるデバイスがスマートフォンと連携して記録するアプリケーションが増えるなど、日々の健康情報を蓄積するPHR(Personal Health Record:個人健康情報記録)の導入が始まっています。今後のデータヘルス改革では、こういった日々のデータと電子カルテなどに含まれる診療情報との統合が期待され、それに適した国際標準規格『Fast Healthcare Interoperability Resources (FHIR)』が注目されています」−−。東北大学 大学院医学系研究科 医学情報学分野 教授の中山 雅晴 氏は、こう説明する(写真1)。

写真1:東北大学大学院医学系研究科 医学情報学分野 教授の中山 雅晴 氏

医療・健康データ連携のための標準規格FHIRが日本でも動き出す

 FHIRは、標準化団体HL7が検討を進める、医療データの相互運用を可能にするための世界標準規格である。欧米では採用が始まっており、「これから日本でも採用が進むと考えられています」と中山氏はいう。日本版FHIRを次世代電子カルテの共通プラットフォームの実現を目指すコンソーシアム「NeXEHRS」が検討し、実装ガイドを公開。処方箋データや健康診断結果、診療情報提供書、退院時サマリーなどのデータ連携に向けたFHIRの記述仕様もまとめられている。

 中山氏は数年前から、日本医療情報学会課題研究会としてFHIR研究会を有志と起ち上げ、地域連携や院内システム統合などに応用する課題に取り組んできた。FHIRの利点について中山氏は、「RESTfulで使いやすく、Webサービスによって実現でき、JSON(JavaScript Object Notation)やXML(eXtensible Markup Language)など視認性の高いデータを扱えます。これらにより、医療系に特化していなかった新規ベンダーの参入障壁が下がることが期待されます」と説明する。RESTfulは、分散型システムにおいて複数のソフトウェアを連携させるための考え方だ。

図1:中山氏が挙げるFHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)の利点

 一方で、懸念材料もあるという。「80%のシステムが必要とする要素を準備し『足りないものはエクステンション(拡張)を活用して実現する』という柔軟性をうたっていますが、これが逆に、新しいサービスが今後増えてゆくにつれ、混乱につながる懸念もあります」(中山氏)。

 また「これまでのものを否定するのではなく、蓄積してきた資産を柱に進めていくことが重要です」(同)とも指摘する。

 例えば、複数施設の電子カルテからのデータ収集には「SS-MIX2」という標準化ストレージがよく用いられている。それらをFHIRに変換して活用することも可能だ。宮城県では、災害時のための診療情報のバックアップかつ地域医療情報連携システムとして機能する「MMWIN(Miyagi Medical and Welfare Information Network)」において、「延べ1500万人分、7億件以上のデータがSS-MIX2によって蓄積されています」(中山氏)。

 中山氏の研究グループでは、SS-MIX2のデータをFHIRに変換する仕様を作成。循環器科の医師とは循環器疾患患者を対象としたPHRアプリも作成した。同アプリの作成では、「採血処方のデータが必要で、症状やバイタルの入力も重要」「できれば既往歴や手術しているなら人工弁ペースメーカーなどの情報もほしい」「栄養指導のドキュメントやその他のデバイスの連携も必須」など種々のリクエストが寄せられたという。

 最終的には、リクエストされた情報の入力を可能にしたうえで、利用者のモチベーションを高めたり注意を促したりできるよう、達成率も表示可能にしている。自身が循環器科の医師である中山氏は、研究に参加した患者の診療に同アプリを利用している。「主治医も患者もデータをチェックできるため、データの正確性が向上し、早期介入により患者の予後改善にもつながると期待できます。実際の患者の反応を見ると手応えを感じています」(同)と話す。

 FHIRを介したPHRの利用が活性化すれば、さらなる結果が期待できるともいう。例えば、電子カルテからだけでは不十分な喫煙歴やアレルギーといった各種情報を統合すれば、収集できるデータの範囲はさらに広がり得る。PHRから得られる情報がより網羅かつ詳細化することで、AI(人工知能)技術などとの連携で得られる知見は高度化する。

 中山氏は、「既存資産を有効に活用し、多くのデータを一元管理することで、これまでの医療情報システムでは不十分だった領域をカバーし、より良い医療につなげられます」と強調した。