- Column
- 製造DXの最前線、欧州企業が目指す“次の一手”
EUの「Digital Decade」、2030年までにAIとビックデータで活性化
EC 「DG CONNECT」産業エコシステムDX部門長 ゴシア・ニコウシュカ氏
データによる最適化でエネルギーとサプライチェーンの課題を解決
そのために欠かせないのが、「データによる最適化だ」とニコウシュカ氏は強調する。「最適化の手法自体は新しいことではないが、より正確にリアルタイムに実行するためには大量のデータが必要になるという点がポイントになる」(同)とも言う。
大量のデータがあれば、機械のエネルギー使用量や最適に機能させるために必要な電力量について、正しい判断が可能になる。ニコウシュカ氏は、「センサーやIoT(モノのインターネット)デバイスからのリアルタイムデータに基づくエネルギー管理システムが、スマート工場が発展する鍵を握っている。そうしたシステムは、エネルギー消費の削減や運用コストの削減を支援する」と期待を寄せる。
サプライチェーンの効率的な運用にもデータは重要である。「ウクライナ侵攻によりシステムのレジリエンス(弾力性)と主権の問題が再び脚光を浴びた。だが、この問題は生産拠点を再び自国に移転するだけでは解決しない」とニコウシュカ氏は指摘する。
「不測の事態を予測し管理するレジリエンスに焦点を当てることが、適切な資源管理の一助になる。最新の組み合わせを実現するには、さまざまなデータが重要であり、それを分析するアプリケーションが必要になる」(ニコウシュカ氏)とも話す。
データについてECは、製造業が製品および生産計画にレジリエンスを持たせるためのデータ戦略と政策を策定している。なかでも重視するのがAI(人工知能)技術の活用だ。「スマートセンサーとAI技術を組み合わせれば、サプライチェーンのサステナビリティを向上させられる」(ニコウシュカ氏)とみるからだ。企業の垣根やセクターを超えたデータ共有を可能にするために「EU共通のデータスペースも整備している」(同)という。
またEUには「欧州データ法」が存在する。同法は、「誰が、どのデータを、どのような条件で利用できるか」というルールを設定することで、データ経済における価値の公正な配分を目指している。消費者や企業は、自身のデータを自らコントロールできる。そのうえで、「データ技術やデータ生成への投資に対するインセンティブをバランスよく維持する。データは共有はもとより、それを利用できるようにすることが重要だ」とニコウシュカ氏は力を込める。
クラウドコンピューティングとエッジコンピューティングによるデータ処理は、「未来のインテリジェントな製造を実現するために重要だ」(ニコウシュカ氏)とする。一部の製造業では、データをほぼリアルタイムに処理したいという特有のニーズがあり、「クラウドをエッジで補完する必要がある」(同)からだ。こうした需要に応えることが、「かつてない市場機会につながっている」(同)ともいう。
Digital Decadeが重視する5つのポイント
ECが現在取り組んでいるデジタル施策や手法の先には、Digital Decadeが2030年をメドに実現しようとしている目標がある。具体的には以下のようなポイントだ。
ポイント1:1万台のエッジ端末
2030年までに1万台のエッジ端末を配備する。安全・信頼なデータ処理を可能にすることで、企業のデジタル変革やクラウド導入に拍車がかかり、2030年までに企業のクラウドなどの利用が75%に達するとみる。この目標達成のためEUは、独自の資金調達手段を用いるとともに、加盟国にもクラウドおよびエッジ技術への大規模な投資をうながす。
ポイント2:5G(第5世代移動通信システム)の100%エリアカバー
人が存在する全エリアで5Gの利用可能を目指す。5Gとクラウドサービスとの組み合わせは、イノベーションの新しい扉を開くと期待している。5Gがあれば、センサーや機械からの大量のデータを収集でき、機械学習アルゴリズムを用いてデータをリアルタイム処理するのに役立つ。製造業に向けては、5G導入のイノベーションアクションを支援している。
ただし5Gではリアルタイム性で満足できないケースがあるため、次世代の6Gに向けた技術研究のための大規模なプログラムを立ち上げてもいる。
ポイント3:EU発の最先端半導体
半導体は、デジタル製品の重要な構成要素である。EUはチップ研究における世界的なセンターであり、この優れた研究成果を産業イノベーションにつなげたいと考えている。そのためEU内での半導体自給能力を高める「チップス法(European Chips Act)」を掲げた。ラボとファブの間にあるギャップを埋め、プロトタイピングとパイロットのインフラを整備する。
投資面では、EUの予算を組み合わせて、ECは研究やイノベーション、生産の両方を支援する。最先端の技術がEUで生まれるよう加盟国の投資を促進し、危機管理のための新しいガバナンスを導入することで、EUのサプライチェーンと単一市場の開放性を維持したい考えである。
ポイント4:デジタル技術を広げる「デジタルヨーロッパ」プログラム
経済全般にわたってデジタル技術の展開を支援することに特化したEU初のプログラムである。AI、サイバーセキュリティ、ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)、および現在と未来のデジタル経済で必要とされるスキルに焦点を当てる。
ポイント5:中小企業に向けた「欧州デジタルイノベーションハブ」
すべての企業、特に中小企業が、データとAI技術、チップ、その他のデジタル技術の可能性を十分に活用できるようにするための拠点となる。EU全域の中小企業や行政機関がデジタルイノベーションの恩恵を十分に受けられるよう支援する。実際の投資の前にテストできるように技術的な専門知識や実験環境へのアクセスを提供するほか、資金調達のアドバイス、トレーニング、スキル開発などのイノベーションサービスも提供する。
ニコウシュカ氏は、「今後の課題は未知数だが、近年学んだのは想定外を想定しておくことである。EUだけでなく世界中の業界は、イノベーションを産み続け、適用し、レジリエンスを高め、さらにチャンスを掴み続ける必要がある」と訴える。
ニコウシュカ氏による講演動画「EUの産業競争力強化に向けたデジタルトランスフォーメーション〜デジタル時代に向けた準備はできているか〜」をこちらで、ご覧頂けます。