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商品と顧客の両データが出会って初めて「誰に何を売るか」がつながる【第7回】

伴 大二郎(Lazuli Chief Evangelist)
2026年9月7日

商品の文脈×顧客の文脈によるマッチングが真のCRMを可能に

 前回、商品に「文脈」が宿るということは、商品側が「私は誰の、どんな課題に効くか」を語れるようになると指摘しました。同じことを顧客側でも「私は今、何に困っていて、どんな価値を求めているか」を語れれば、両者は初めて“意味”のレベルで出会えるのです。

 これは、従来の属性マッチングとは根本的に違います。属性は「その人が何者か」を語りますが、文脈は「その人が今、何を必要としているか」を語ります。「30代女性」ではなく「毛穴の開きが気になり始めた」人、「マットレス購入者」ではなく「朝の腰痛で目が覚める」人です。この粒度で顧客を理解できて初めて、商品側の「毛穴ケアに効く」「体圧分散で腰痛を軽減する」という文脈がピタリと重なるのです。

 顧客の文脈は既に企業の中に散らばっています。コンタクトセンターに寄せられる問い合わせや、店頭での接客記録、レビューに書き込まれた購入理由、公式アプリケーション内の検索キーワード、チャットボットとのやり取りなど。これらは全て、顧客が「今、何に困っているか」を自分の言葉で語ったログです。

 第6回で「商品側の文脈データの原材料が自社内に眠っている」と述べました。顧客側の文脈データもまた、同じように自社内に眠っています。それらが、PDPとCDPそれぞれの向こう側で互いに出会えないまま蓄積されているのです。

 PDPとCDPが「文脈」という共通言語で接続されれば、企業と顧客の関係はどう変わるでしょうか。これまでのCRMは、購買履歴と属性を頼りに「次に何を買ってもらうか」を計算してきました。「買った、買っていない」「開封した、開封していない」といった行動履歴を積み重ね、確率で次の一手を出す。しかし、そこには「なぜ買ったのか」「今、何に困っているのか」という顧客の内側は入っていませんでした。

 文脈で接続されたCRMは、質的に別モノになります。顧客が「肌の乾燥が気になり始めた」という文脈を語り始めたら、その文脈に合う成分・使用感・価格帯を持った商品をブランド側から差し出す。顧客が「子どもが生まれて時短の頻度が増えた」というライフステージの変化を示せば、それに合う商品構成に切り替える。「属性で当てる」から「文脈に応える」への移行です。

 こうした移行は本来、CRMを導入した多くの企業が目指したかった姿でしょう。顧客一人ひとりの状況を理解し、その人に必要なものを、必要なタイミングで届ける。このビジョンはCRMの理想として語られてきました。ですが、顧客データだけでは実現できなかったのです。なぜなら、商品の側に、顧客の文脈を受け止められるだけの文脈が備わっていなかったからです。マッチングは、両側にデータが揃って初めて成立するのです。

AIが属人的な取り組みを全社の標準体験に変える

 文脈で商品と顧客をマッチングするというアイデア自体は、全く新しいというものではありません。優秀な販売員は、店頭で常にこれをやってきました。顧客の一言から悩みを察し、膨大な商品知識のなかから最適な一品を差し出す。ブランドのコンシェルジュ、行きつけの美容部員、頼れるバイヤーなどは頭の中で常に「商品の文脈」と「顧客の文脈」を照合しているのです。

 問題は、それが属人的で、規模の経済が効かないことでした。優秀な販売員は限られ、その知見は本人の中に留まります。組織全体で、数百万人の顧客に対して同じ質のマッチングを提供することは、これまでは事実上不可能でした。

 この規模の壁を取り払うのがAI技術です。商品の文脈と顧客の文脈がデータとして整備されていれば、その照合は、あらゆるチャネル・あらゆるタイミングで実行可能になります。優秀な販売員が一人ひとりに寄り添っていた営みを、AI技術がブランドの標準体験として提供できるようにするのです。

 ただし繰り返しになりますが、これはAI技術が両側のデータにアクセスできて初めて可能になります。商品側の文脈が薄ければ、顧客の悩みを受け止める先がありません。顧客側の文脈が拾えていなければ、いくら商品を語れてもマッチできません。PDPとCDPを「文脈」という共通言語で接続することがAI時代のCRMの前提条件です。

 商品データと顧客データがつながれば「誰に何を売るか」が初めて意味のレベルで設計できるようになります。属性で括った塊に対してではなく、文脈を持った個人に対してです。ここまで来れば、商品データはもはや業務データでも、マーケティングツールでもありません。市場そのものと対話するためのインフラです。

 次回は、この視点から連載全体を振り返り、AI時代に“選ばれる”商品とブランドの条件を整理します。

伴 大二郎(ばん・だいじろう)

Lazuli Chief Evangelist。小売業界において早くからCRMの重要性に着目し、一貫してデータ活用を軸とした戦略立案およびサービス開発に従事。2011年オプト入社後、マーケティングコンサルタントを経て、2015年よりマーケティング事業部長として事業拡大を牽引。マーケティングマネジメント部やOMO関連部門などの立ち上げを通じ、デジタルマーケティングのコンサルティング組織を統括。

2021年よりヤプリのエグゼクティブスペシャリスト(専門役員)に就任し、モバイルアプリを活用した顧客体験設計およびCRM活用の高度化を推進。同年db-labを設立し代表社員として、データドリブンマーケティングに関するコンサルティングやアドバイザー業務を行うほか、顧客時間のChief CX Strategistとして、多様な企業の顧客戦略・顧客体験変革を支援。2026年1月より現職。

10年以上にわたり、海外カンファレンスへの参加や企業訪問を通じて小売り・リテール領域の最新動向を継続的に調査・研究。登壇・寄稿などを通じた情報発信にも積極的に取り組んでいる。著書に『モバイル時代のCRM ― スマホで顧客コミュニケーションはどう変わったか?』(Shoeisha Digital First)がある。