- Column
- 技術革新と制度改革で進む医療DXの現在と展望
健康・医療現場に高速な改善サイクルを生み出すLHSが重要に
「第3回 メディカルDX・ヘルステックフォーラム 2024」より、九州大学 大学院医学研究院 教授 中島 直樹 氏
健康・医療領域における国際的なDX(デジタルトランスフォーメーション)競争を勝ち抜くには、高速な改善サイクルをも取り入れる必要があり、そのためのコンセプトとして「Learning Health System(LHS)」が提唱されている。九州大学 大学院医学研究院 教授の中島 直樹 氏が、「メディカルDX・ヘルステックフォーラム 2024」(主催:メディカルDX・ヘルステックフォーラム実行委員会、2024年9月28日)に登壇し、健康・医療DXにおけるLHSの重要性を解説した。
「情報革命は大きな社会革命であり、熾烈な国際競争が起きている。それは“情報戦”であり、とりわけスピードが勝負の明暗を分ける。日本が“周回遅れ”と指摘されるのは、あくまでデジタル化に限ってのこと。健康・医療領域のDX(デジタルトランスフォーメーション)は世界のどこでも、まだ起きていない。超少子高齢社会であり災害大国である日本は、多くの社会課題を抱える。これは逆に、関連データを豊富に保有していることでもあり、ピンチをチャンスに変える絶好の機会だ」−−。九州大学 大学院医学研究院 医療情報学講座 教授 中島 直樹 氏は、こう指摘する。
「顧客エンゲージメント」同様に「患者エンゲージメント」が重要に
医療・医学のDXについて中島氏は、「多軸で進む」とする(図1)。最初の軸は、「病院・施設の高度化から、健康医療の日常(家庭・職場)への広がり」(同)である。
DXの推進など社会革命の時代には「バックキャスト」という手法が有利とされる。望ましい未来のビジョンを先に設定し、そこから現在に向かって考える手法だ。日本はこれまで、現在を起点に未来を予測する「フォアキャスト」を得意としてきた。中島氏は「日本も今こそバックキャス型に目を向け、取り組んでいく必要がある」と力を込める。その理由を中島氏は、DXが最も進んでいるとされる小売業の状況を挙げ、こう説明する。
「日本は郊外型スーパーマーケットを作り、大きな駐車場を設けるフォアキャスト型だ。だが米Amazon.comや中国アリババなどはバックキャスト型で、インターネットやスマートフォン、電子決済という全く異なる仕組みで自宅に商品を届けるという情報革命を起こしている。こうした取り組みを『顧客エンゲージメント』と呼ぶ。医療の世界でも同様に、個人、つまり患者/市民や家族が予防や治療に積極的に関与できる『患者エンゲージメント』の時代を迎えつつある」
患者エンゲージメントについては既に、WHO(世界保健機関)も推奨しており、そのための環境構築に欠かせないツールが、患者らが日常的に使用しているスマホであり、個人の健康や医療、介護に関する情報を一元的に管理する「PHR(Personal Health Record)」である。
PHRについて中島氏は、「日本では長い間、母子手帳やお薬手帳など紙ベースのPHRが主流だった。これらを電子化し、マイナポータルによる特定健診結果、あるいはIoT(Internet of Things:モノのインターネット)といったセンサー技術による患者情報などと融合することで大きな価値が出せる」と説明する。
現在、日本政府が進める医療DX政策の核にあるのは「全国医療情報プラットフォーム」の構築だ。将来的には母子手帳や接種ワクチンの情報なども含まれ、2次利用や民間との連携も考えられている。中島氏は、「最も評価できる点は、マイナ保険証の浸透、電子カルテの標準化により全ての国民をカバーしようとする姿勢だ。医療側も国民側も全てをカバーできる基盤が非常に重要だと考えているからだ」と話す。
だが、新たな社会インフラの普及には苦労がつきものだ。例えば、電線(電気)という社会インフラが初めて導入された当時は、テレビや冷蔵庫、電子レンジといった家電がなく、電気があることの便利さが理解できなかった。
全国医療情報プラットフォームについても、「紙の処方箋が電子化される」「プラスチックの保険証にICチップが入る」などと説明しても、紙ベースで困ってないから「要らない」となる。つまり「フォアキャスト型の考え方に囚われてしまっている。新たなインフラの普及がもたらす利便性を患者さんにどんどん説明し、その上で取り組みを進めていくことが重要だ」と中島氏は指摘する。