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  • 技術革新と制度改革で進む医療DXの現在と展望

「医師の働き方改革」に向け生成AIが起こすイノベーションの中身

「第3回 メディカルDX・ヘルステックフォーラム 2024」より、日本マイクロソフト 医療・製薬本部 本部長の清水 教弘 氏

岡崎 勝己(ITジャーナリスト)
2024年11月20日

「医師の働き方改革」の必要性が叫ばれる中、その推進に向けた各種最新技術の活用が期待されている。中でも注目されるのが、AI(人工知能)チャットサービス「ChatGPT」や「Azure Open AI Service」などを可能にした生成AI技術だ。日本マイクロソフトの医療・製薬本部 本部長である清水 教弘 氏が「第3回 メディカルDX・ヘルステックフォーラム2024(主催:メディカルDX・ヘルステックフォーラム実行委員会、2024年9月28日)」に登壇し、医師の働き方改革に向けた生成AI利活用の意義と、その具体例について解説した。

 「勤務医に対する時間外・休日労働時間の上限規制が2024年4月に適用され『医師の働き方改革』は待ったなしの状況だ。医療現場の特性から、それは一筋縄ではいかない。だが、大量の書類を扱う医療現場に生成AI(人工知能)技術を適用する意義は、改革の足掛かりとして決して小さくはないはずだ」−−。日本マイクロソフトで医療・製薬本部 本部長を務める清水 教弘 氏は、こう指摘する(写真1)。

写真1:日本マイクロソフト 医療・製薬本部 本部長の清水 教弘 氏

生成AIが医師の働き方改革にパラダイムシフトを起こす

 国内の医療現場は疲弊が進み、組織運営も困難さを増している。それを端的に表すのが「2019年に勤務医の37.8%が年間960時間以上の時間外労働を強いられていた」という実態だ。持続可能な医療体制を確立し、医療品質をさらに高めるには「医師の働き方改革」はまさに急務である。

 ただ医療業務は、患者に合わせた処置が求められるなど、効率化は容易ではない。多様な専門職による組織横断的な業務でもあるため、稼働する場所と時間が固定されず、移動に伴う一定のロスも必ず生じてしまう。

 そうした実状にあっても「テクノロジーの利用により効率化が見込める業務は確実に存在する」と清水氏は力を込める。一例として、記録・報告書作成や書類の整理への生成AI(人工知能)技術の活用や、多職種・他機関との連絡調整や会議・勉強会などへの参加に対するVR(Virtual Reality:仮想現実)技術の活用などを挙げる。

 マイクロソフトは近年、次の3つの技術領域に重点的に投資してきた。(1)画像認識や自然言語翻訳など「従来からのAI」、(2)VRやMR(Mixed Reality:複合現実)など「時間や空間を超えたコミュニケーション」、(3)言葉などからコンテンツを生む「生成AI」である。いずれも医療現場の効率化に利用できる技術領域だが、中でも清水氏が大きな期待を寄せるのが生成AI技術だ。

 なぜなら「生成AIは大量データの学習により、多様なタスクへの自動的な対応を可能にした、過去に類のない技術である。その可能性の大きさから米OpenAIが2022年11月に発表したAIチャットサービス『ChatGPT』は、わずか5日間で100万ユーザーを集め、現在もハイペースで利用者層を広げている。日本の医師資格試験の問題を解かせたところ、合格ラインに達したケースもあり、生成AIが医療世界にパラダイムシフトをもたらす可能性は大きい」(清水氏)からだ。

ChatGPT との“対話”により、さまざまな医療業務に利用可能

 清水氏は、生成AI技術を使った作業における特徴は「対話だ」と強調する。例えば報告書の要約を依頼し、生成された要約を基に、今後の方向性や他分野の動向を尋ねるなど、「情報を深掘りしながら、必要な情報を探索できる」(同)ためだ。

 その際も、「情報を探索する範囲を柔軟に設定できる点も有用だ」(清水氏)という。具体的には、正式な報告書の作成なら中央省庁の資料に限定、ブレスト用の資料作成ではSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)にまで範囲を広げアイデア出しの用途に活用するといった使い分けが可能になる。

 一方で生成AIの課題として、プロンプト(利用者が入力する指示や質問)の学習による機密情報の漏えいが、しばしば指摘される。医療データは特に高い機密性が求められ、漏えいは絶対に許されない。

 情報漏えいについて、マイクロソフトの「Azure OpenAI Service」では、「病院内に閉じ、外部に情報が絶対に流出しない環境を実現できる点が大きなメリットだ」と清水氏は話す。日本政府は2024年7月、マイクロソフトが提供する生成AIの基盤技術を採用すると発表しているが、「それもデータの機密性が高く評価されてのことだ」(同)という。

 マイクロソフトは2024年4月からの2年間に日本に4400億円を投資すると発表している。その中で生成AIについては「日本の法制度に沿ったかたちでの見直しを進めている」と清水氏は話す。

 では生成AIは医療業務において、どのような使い方ができるのだろうか。シナリオとして清水氏は、「診療記録補助から患者サービス、研究まで、さまざまな応用が考えられる」とする(図1)。

図1:生成AIは、診療記録補助や患者サービス、事務、研究など、さまざまな医療業務での利用が考えられる