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- 信頼できるAIのためのAIガバナンスの実戦的構築法
AIガバナンスが求めるプラットフォームとデータガバナンス【第6回】
AIインベントリーは、原則としてAIシステム単位に登録する。初期段階で入力する項目は、AIシステムの属性や関係する組織などの基本情報になるだろう。可能な限り早い段階で、AIシステムの利用方法(概要)と関係する組織・役割などを入力するプロセスの設計を推奨したい。利用する場所(国・地域)や利用方法によって、そのAIシステムが法規制の適用対象か否かを判断するためだ。
AIシステムの開発者とAIシステムによる製品/サービスを導入・利用する者では、AIガバナンスとして実施すべきことが自ずと異なってくる。主にライフサイクルの後続プロセスが異なるが、それを早い段階で明らかにしておきたい。AIインベントリーに必要な情報を登録することで、プラットフォームを活用したプロセスの後続処理が明確になる構造が実現できる。
データガバナンスが重要な構成要素に
AIシステムを導入した企業は、適用される法律に従う必要がある。どの法律が適用されるかは、事業展開する国や地域、実際にAIシステムを利用する場所、AIモデルの学習のためのサーバーの設置場所などで決まってくる。法令で定められていなくとも、関係する当事者間の契約において利用が禁止される場合があることも忘れてはならない。
加えて、個人情報や機密情報、著作権や知的財産権を有するデータの属性および類型によっても適用される法律は変わってくるだけに、データの取り扱いに苦心する企業は多い。
そもそも自社ビジネスに貢献するAIシステムを構築しメリットを最大化するためには、その特性や用途を踏まえ、利用するデータの正確性や、必要な最新性、関係者への透明性、AIモデルの合理的な頻度での更新、権利侵害にあたる複製物や違法コンテンツなどの排除を適切に実施しなければならない。学習済みのAIモデルに自社データを追加学習させるファインチューニングのみ実施する場合でも同様だ。
AIガバナンスでは、AIインベントリーを基にライフサイクルの推移に合わせて規定した必要なコントロールを継続的に実行していくとともに、データの管理が欠かせない。AIガバナンスでは「データガバナンス」が重要な構成要素であり、一体であると考えるべきである。
適切なプラットフォームの選定がAIガバナンスの高度化に
近年、特定の用途に特化した独自のAIシステムの構築を積極的に進める企業が増えている。彼らの多くが、AIシステムの開発プラットフォームを検討・整備しようとしている。
AIシステムの開発プラットフォームは、開発生産性の向上やエンジニアの技術力の補完、さまざまなソースの提供による開発の容易さや実現可能性を高めるものである。LLM(Large Language Model:大規模言語モデル)を提供するAI開発企業などが、クラウドサービスと合わせて提供している。自社が構築したAIモデルだけではなく、オープンソースを含む他社の基盤モデルを利用できる環境を用意するものもある。
同プラットフォームは、データ収集やデータ処理、モデル選択と構築(学習)、運用と再学習などの機能も持つ。データ管理基盤の統合や接続を可能とし、煩雑なデータの取り扱いを統一した環境で実行できるものもある。
そうした環境下では、データのインベントリーに相当するカタログの整備や、データのつながりや更新順序などを可視化するデータリネージュ、データへのラベル追加や異常検出、データの利用許可の手続きといった機能が提供される。データの取り扱いは作業そのものが煩雑である一方で、組織内の規程・ルールなどは確実に遵守しなければならないためだ。
AIシステムの開発プラットフォームによる統一された環境は、効率化や標準化への寄与だけではなく、必要なコントロールの実装や現場での運用に役立つはずだ。このような環境整備、つまり、適切なプラットフォームの選定と有効活用はAIガバナンスの高度化に貢献するだろう。
次回は、AIセキュリティについて解説する。
熊谷 堅(くまがい・けん)
KPMGコンサルティング 執行役員 パートナー。システム開発等に従事した後、外資系コンサルティング会社を経て、2002年KPMGビジネスアシュアランス(現KPMGコンサルティング)入社。デジタル化やデータに関わるガバナンス、サイバーセキュリティ、IT統制に関わるサービスを数多く提供。現在はKPMG各国事務所と連携し、KPMGジャパンにおけるTrusted AIサービスをリード。法規制対応を含むAIガバナンス構築プロジェクトを手掛ける。