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  • AI協働時代の技能継承のカタチ〜技と知を未来につなぐために〜

製造業における技能継承とAI:計画業務編【第3回】

西岡 千尋、瀬戸口 崇(アビームコンサルティング AI Leapセクター)
2025年8月12日

技能の言語化と、それを支える人材育成と組織文化の醸成が必要

 上述してきたような計画業務における技能継承の課題を解決するためには、AI(人工知能)などのテクノロジーの導入だけではなく、熟練者のもつ暗黙知を組織内で共有可能な形に変換し、次世代が活用・学習できる環境を整えるための人間側の取り組みも不可欠だ。具体的には(1)暗黙知の言語化、(2)人材育成、(3)組織文化の醸成である。

暗黙知の言語化:技能継承に向けた第1歩

 計画業務において熟練者が下す判断や対応には、文章や数値として表しにくい“勘どころ”が数多く含まれている。こうした暗黙知を継承していくためには、まずそれらを言語化し、構造化していく必要がある。実際には次のようなステップで進めることが効果的だ。

ステップ1 =観察・記録:熟練者が実際にどのような判断をしているかを業務中に観察し、その背景にある条件や制約を記録する
ステップ2 =対話・内省:なぜその判断をしたのか、どのような優先順位を考慮したのかを熟練者との対話を通じて引き出す
ステップ3 =言語化・構造化:判断基準やプロセスを言葉で整理し、条件・判断・結果の関係性を明示する
ステップ4 =検証・改善:言語化された内容を若手や第三者が活用できるかを試行し、必要に応じて表現や構造を改善する。

 経験に基づく判断のプロセスを形式知として整えることで、個人に属していた知識を組織全体で活用できる資産へと転換できる。

人材育成:経験の学習化と実践知の習得

 言語化された知識は、若手が計画業務に必要な判断力や対応力を体系的に学ぶための基盤になる。ただし、知識の提供だけでなく、それをどのように経験として定着させるかが重要になる。

 そのためには、実務に近い形での学習機会を提供する。例えば、言語化された判断プロセスに基づくケーススタディ型のトレーニングや、AI技術によるシミュレーション機能と連携した仮想的なOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)などだ。若手自身が判断の背景を振り返り、フィードバックを受けるプロセスを取り入れれば、単なる知識習得ではなく「自ら判断し、改善する力」の育成につながる。

 こうした仕組みが整うことで、属人的な計画業務から脱却し、継続的なスキル育成ができるようになる。

組織文化:知識共有が評価される風土づくり

 言語化と育成の取り組みを組織として機能させるためには、それを支える文化や制度の整備が必要である。技能継承は個人任せではなく、組織として推進すべき戦略的テーマだからだ。例えば、次のような工夫が考えられる。

●熟練者がノウハウを共有する行為を正式な評価項目にする
●若手の学習・挑戦を支援するロールモデルや伴走者を明確に設ける
●失敗や工夫をオープンに共有できる「心理的安全性」のある場を整備する

 このような文化が根づけば、知識の共有が当たり前になり、技能継承に向けた取り組みが一過性のものではなく、持続可能な仕組みとして定着する。AI技術の活用成果も人材と組織の成熟度に応じて大きく左右されるため、技術と文化の両面からのアプローチが必要不可欠である。

熟練者の判断基準をAI技術で可視化・自動化する

 計画業務の効率化と技能継承という課題に対し、AI技術は熟練技術を次世代に伝える手段として大きく貢献し得ると期待されている。過去のデータを学習したAI技術は、熟練者の判断基準の可視化・自動化を可能にし、技能継承における課題を解決する可能性を秘めているからだ。具体的には(1)感覚的判断のデータ化、(2)意思決定の定量化、(3)リアルタイムな最適化、に貢献する。

(1)感覚的判断のデータ化

 第2回で述べたように、熟練者の勘に頼ってきた部分をAI技術によって定量化が図れる。感覚に基づく判断をデータ化することで、経験則を新たな担当者でも活用できる形にできる。

例)飲料の生産計画:レシピにある成分から匂いや味の影響をAI技術で分析し、禁止順序の設定や、切り替え時の影響の定量化などにより、適切な生産順序を提案

(2)意思決定の定量化

 計画業務の中核である「総合判断」をAI技術で支援することで、熟練者の経験に頼ることなく業務指標の達成に向けた精度の高い計画立案が可能になる。

例)生産計画の最適化:AI技術が複数の制約条件(需要予測、生産ラインの稼働状況、設備のメンテナンススケジュール、在庫状況、工場と出荷地の位置関係など)を考慮し、最適な生産スケジュールを立てて提案する
例)輸送計画の最適化:気象データや交通状況をリアルタイムに解析し、最も効率的なルートをAI技術で提示する

(3)リアルタイム最適化

 従来の計画業務は、静的な条件を前提にしてきた。しかし、実際の現場では状況が常に変化する。AI技術を活用することで、変化に応じた最新の計画案を比較的短時間で提示可能になり、客観的かつ合理的な実行判断を素早く下せるようになる。

例)鉄道の運行管理:遅延が発生した場合、急行を各駅停車に変更するといった列車種別の変更や間引きなどにより、旅客影響を抑えつつ早期復帰するダイヤの案をAIが提案する
例)小売業の在庫管理:販売データをリアルタイム分析し、需要に応じた補充計画を動的に調整する

計画業務へのAI技術の導入が未来を切り開く鍵に

 計画業務における技能継承は、企業の持続的な成長と競争力の維持において不可欠な要素であり、製造、物流、小売り、鉄道など人々の暮らしと社会を支える、さまざまな領域に共通する喫緊の課題になっている。

 しかし、熟練者の経験や勘に依存してきた従来の計画業務では、属人化や継承の難しさから経営の持続性を脅かすリスクをはらんでいる。特に、トレードオフの判断、変化への対応、人手不足による時間の制約といった問題が、業務の効率化と継承を阻む大きな壁になっている。

 そうしたなか、AI技術の活用により、これらの課題を克服する道が開かれ、多くの企業が取り組みを進めている。AI技術は、熟練者の感覚的判断をデータ化し、計画の最適化を支援することで、次世代への技能継承を可能にする。計画業務へのAI技術の導入は、単なる技術革新に留まらず、計画業務の未来を切り開く鍵になる。

 ただし、AI技術の活用には、いくつかの課題も存在する。例えば、AI技術による判断根拠がブラックボックス化しやすく、現場担当者が、その提案を納得して受け入れるためには、説明性や透明性の確保が不可欠である。十分なデータが揃っていない場合、AI技術による提案精度が低下するリスクもある。これらの課題を踏まえ、技術と現場の橋渡しを進めることが重要だ。

 熟練者の知識を体系化し次世代に継承することが、企業の競争力を高め、持続的な成長を可能にするだろう。

西岡 千尋(にしおか・ちひろ)

アビームコンサルティング 執行役員・プリンシパル AI Leapセクター長。コンサルティングファームのマネジングディレクター、チャットボット開発企業のCDO(最高デジタル責任者)を経て、アビームコンサルティングに入社。テクノロジーとイノベーションによる社会貢献を進めるとともに、クライアント企業のDXやデータドリブン経営の実現を支援する。慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士。

瀬戸口 崇(せとぐち・たかし)

アビームコンサルティング AI Leapセクター ダイレクター。自動車メーカーのエンジニア、IT系コンサルティングファームを経て、アビームコンサルティングに入社。AIをはじめとするデジタルテクノロジーを活用した業務改革を支援しながら、最先端技術の社会実装による価値創出事業にも取り組んでいる。大阪府立大学(現大阪公立大学)工学部電子工学科卒。