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  • AI協働時代の技能継承のカタチ〜技と知を未来につなぐために〜

スポーツにおける“学び方”の技能の継承とAI活用【第10回】

西岡 千尋、宮原 直之、滝本 真(アビームコンサルティング)
2026年3月16日

スポーツにおけるAIの役割は“学び”の環境の整備

 スポーツにおける技能継承の核心は“答え”を伝えることではなく“学び方の技能”をいかに次世代につないでいくかにある。では、その学び方の技能に対して、AI(人工知能)技術は、どのような役割を果たし得るだろうか。結論から言えば、AIが学びの主体になることはない。しかし、試行錯誤と振り返りが回り続ける状態を支える補助線としては有効に機能し得る。

 前提として、スポーツの学びは身体感覚と切り離せない。違和感や手応え、上手くいかなかったときの感覚は、本人の身体を通じてしか獲得できず、AI技術が直接代替できるものではない。従って、AIが技能を“教える”存在になるという期待は現実的ではない。

 ここで問うべきは、AI技術が上達を保証できるかではなく、学びの循環をいかに途切れさせずに支えられるかという点である。成長に伴う葛藤や挑戦の判断は、最終的には人が担う領域として残る。AIは学びを代替する存在ではなく、学びが続く環境を整える存在として位置づける必要がある。

 この観点から見ると、学び方の技能は、いくつかの行為に分解できる。練習や試合の中で気づいた点を言葉にすること、試したことを記録として残すこと、その結果を振り返り次に何を試すかを考えることなどだ。AIが関与できるのは、こうした思考や振り返りを外在化し、扱いやすくする工程である(図2)。

図2:学び方の技能のための環境をAI技術で整える

記録を整理し、振り返りやすくする支援

 練習後に選手や指導者が残すメモや音声コメントは断片的になりやすい。だが生成AI技術を用いれば、これらを整理・要約し「何を意識していたのか」「どこでつまずいたのか」といった観点ごとに構造化できる。これは新しい答えを与えるものではなく、本人の思考を振り返りやすい形に整える支援であり、学びを次につなぐための下地を作る補助である。

過去の試行錯誤にアクセスしやすくする支援

 人は自分がこれまで何を試し、どのような結果を得てきたかを正確に記憶し続けることが難しい。RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)の仕組みを活用すれば、過去の練習記録や振り返り、映像などを横断的に参照し「以前はどうだったか」「似た状況で何を試したか」を思い出す手がかりを提供できる。

次の試行につながる問いを提示する支援

 対話型AIは、振り返り内容や状況に応じて「別の意識点は考えられるか」「条件を変えたらどうなるか」といった問いを自然な形で提示できる。これらは答えではなく、次の試行に向かうための視点であり、本人が問いを取捨選択し、何を試すかを決める際の手がかりとして、試行錯誤を回し続ける力(学び方の技能)を間接的に支える役割を果たす。

試行錯誤の履歴の参照できる形での蓄積が技能を“残るもの”に

 学び方の技能は、優れた技術や完成された動きをそのまま引き継ぐことで継承されるものではない。次世代につなぐべきなのは「どう動くか」ではなく「どう学び、どう試行錯誤し続けるか」というプロセスそのものである。

 しかし、この学び方の技能は、放っておけば自然に残るものではない。成果や結果が重視される環境では、そこに至るまでの迷いや試行錯誤は評価されにくく、語られないまま消えていく。「どの問いを立て、どこで行き詰まり、どのように修正してきたのか」--。そうした過程こそが学び方の核心であるにもかかわらず、成果の陰に隠れてしまう。この構造が、学び方の技能を断絶させやすい最大の要因だ。

 では、学び方の技能を“残る技能”に変えるには何が必要か。求められるのは正解や成功例を共有することではない。むしろ、迷い、試し、うまくいかなかった経験も含めた試行錯誤の履歴が、後から参照できる形で蓄積されている状態を作ることである。学び方の技能が継承されるかどうかは、個人の能力や意識の問題ではなく、そうした履歴が扱われる環境の問題として捉えるべきだ。

 この点で、AI技術は履歴を“残る形”に整えるうえで力を発揮し得る。記録が断片で終わらないように整理し、時間を越えて参照可能な形にすることで、学びのプロセスは共有しやすくなる。ただし、どの問いを選ぶのか、どこまで挑戦するのかを決めるのは、あくまで人である。

 だからこそ重要になるのが、学び方の技能を媒介する存在だ。これからの指導者や熟練者には、自らの成功体験を語るだけでなく、迷い、試し、修正してきた過程を言葉として残し、学び方そのものを共有する役割が求められる。AIと人がそれぞれの役割を理解し補完し合うことで、学び方の技能は固定されることなく、残りながら更新され続ける技能として、次の世代へと受け渡されていく。

西岡 千尋(にしおか・ちひろ)

アビームコンサルティング 執行役員・プリンシパル AI Leapセクター長。コンサルティングファームのマネジングディレクター、チャットボット開発企業のCDO(最高デジタル責任者)を経て、アビームコンサルティングに入社。テクノロジーとイノベーションによる社会貢献を進めるとともに、クライアント企業のDXやデータドリブン経営の実現を支援する。慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士。

宮原 直之(みやはら・なおゆき)

アビームコンサルティング 顧客価値戦略ユニット シニアマネージャー。SIベンダーおよび外資系コンサルティングファームでのシステムエンジニア/コンサルタント経験を経て、官公庁・独立行政法人・民間企業向けのIT/業務改革プロジェクトに多数従事。アビームコンサルティング入社後は民間企業向けのITコンサルティングに従事。20217年よりスポーツ分野を中心に、企業スポーツの活用支援、スポーツを通じた企業価値向上、スポーツを起点とした新規事業開発、地域連携、スポーツ・インテグリティ分野のコンサルティングを担当している。

滝本 真(たきもと・まこと)

アビームコンサルティング AI Leapセクター シニアマネージャー。大手通信会社においてプロダクトやサービスの企画・デザイン経験を積み、デザインコンサルにてUXデザインを活用した事業・サービス企画に従事。その後、戦略コンサルにおいてデザインを取り入れた戦略策定などを実施。アビームコンサルティング入社後はデザイン × ビジネス × テクノロジーの観点から、事業戦略立案からエグゼキューションまで一貫した支援を推進。iF DESIGN AWARD、Red Dot Design Award、HCD-Net AWARDなど受賞多数。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。