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- AI協働時代の技能継承のカタチ〜技と知を未来につなぐために〜
スポーツにおける“学び方”の技能の継承とAI活用【第10回】

前回まで、製造業をはじめ、さまざまな業界を対象に、熟練者の技能が、なぜ継承しにくくなっており、その課題にAI(人工知能)技術が、どのように関われるのかを考察してきた。今回は、部活動の地域展開やスポーツのプロ化など環境が大きく変化しているスポーツ業界を対象に、個々が技能の獲得に自律的に試行錯誤し続けるための“学び方の技能”に焦点を当てて、技能を身に付けるための技能継承と、そこでのAI技術の役割について考えてみる。
スポーツには、競技そのものに関わる技能に加え、それを支える多様な技能が存在している。例えば、選手を育成するための指導や、成長段階に応じた練習の設計、大会を円滑に運営するための調整力、観戦体験を成立させるための演出や導線の設計などが挙げられる。これらは競技結果のように数値化されにくいが、スポーツ文化を継続的に成り立たせるうえで欠かせない要素だ。
こうした技能は、それぞれの現場の中で培われてきた。長い時間をかけて経験を積み、試行錯誤を繰り返す中で身に付けられ、次の世代へはOJT(On the Job Training)や非公式なやり取りを通じて伝えられてきた。
しかし近年、人口構造の変化や人材の流動化、競技環境の高度化・多様化により、1つの組織/チームに長くとどまり、時間をかけて技能を学び続けることが難しくなっている。そもそも技能を継承する人が不足しているケースもあれば、担い手がいたとしても、技能を十分に引き継ぐ前に人が入れ替わってしまうケースも少なくない。
とりわけ競技や育成の現場では、この問題が顕著だ。スポーツでは、試合結果や記録、ランキングといった成果や結果が、数値や映像として明確に可視化される。しかし、そこに至るまでに、どのような工夫や試行錯誤がなされ、どのように現在の技術やパフォーマンスに到達したのかという過程は、成功の裏側に隠れ、十分に共有されないことが多い。
スポーツ指導における映像やデータの活用や、指導ノウハウが充実する中でも、それらを選手や指導者がどのように活用し、自分なりの技能へ落とし込んできたのかという“身につき方”は、記録されにくいままである。
こうしたスポーツの競技・育成現場における技能継承の課題を以下では“学び方の技能(自律的に試行錯誤を回す力)”という観点から捉え直す。模倣や成功例の共有だけでは、身体特性や成長段階が異なる選手の全てへの対応は難しい。問うべきは、教え方の巧拙や才能ではなく、技能がどのような過程で獲得され、その過程がなぜ共有されにくいのかという点だ。
スポーツにおける学び方の技能は“試行錯誤を自律的に回せる力”
スポーツにおける技能継承というと多くの場合、優れたフォームや戦術、成功したプレーといった“答え”をいかに伝えるか、その答えと同じ動作を繰り返し実行できるかに焦点が当てられてきた。映像教材やデータ分析の高度化により、見本となる動きや結果は、以前よりも容易に共有できるようになっている。しかし、同じ情報に触れても上達のスピードや到達点に大きな差が生まれる現象は、依然として解消されていない。
学び方の技能とは、単に他者の動きや成功例を模倣する力ではない。自分の身体特性や、その時々の状況に照らしながら「何を試し、どこに違和感を覚え、どのように修正していくか」--。そうした試行錯誤を自律的に回し続ける力を指す。
振り返りを通じて次の行動を更新し「次は何を問い、何を確かめるべきか」を自分なりに設定できること。それ自体が、継承されるべき重要な技能であり、技術や戦術といった“答え”を獲得・更新していくための学習プロセスを回す力である(図1)。
この学び方を技能だと捉える際に注意すべきなのは、単なる姿勢や性格の問題に還元しないことだ。「熟練者は努力家だから上達した」「意識が高いから成長した」といった説明では不十分である。熟練者が身につけているのは「どこを見るか」「何を意識するか」そして「何をあえて切り捨てるか」を、その都度選び取る力である。
全てを同時に改善しようとせず、限られた練習や試合の中で焦点を定め、結果を見て次の仮説を立て直す。この選択の積み重ねは偶然ではなく、経験を通じて獲得された再現性のある能力であり、明確に“技能”と呼ぶべきものである。
