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- AI協働時代の技能継承のカタチ〜技と知を未来につなぐために〜
ホスピタリティのための技能継承とAI活用【第9回】

これまでに、製造業での各種業務、デザイン業務、医師業務など種々の業種での技能継承に向けたAI(人工知能)技術の活用について考察してきた。今回は、サービス業や医療・介護の現場で重視されてきた「ホスピタリティ」に焦点を当て、その技能がなぜ属人化しやすいのか、そして人とAIが協力することで何が可能になるのかを考察する。
人手不足が深刻化する中、サービス業や医療・介護の現場では「ホスピタリティ」や「おもてなし」の継承が大きな課題になっている。現場では育成のために十分な時間を割くことが難しくなり、経験に基づく判断が個人の中に留まりやすい状況が常態化しつつある。こうした判断や振る舞いは、しばしば「優しさ」や「センス」といった言葉で語られる。だが果たして、本当に属人的な資質なのだろうか。
ホスピタリティは「優しさ」では説明できない
日本のサービス産業や医療現場が提供する「おもてなし」の品質は、世界的に見ても極めて高い水準にある。その背景には、現場で働く一人ひとりの献身的な努力と、長い時間をかけて培われてきた熟練者の経験知がある。
しかし、少子高齢化による人手不足が進み、採用難が常態化する中、こうした経験知を十分に育成・共有する余地が縮小している。その結果、従来と同じやり方で品質を維持し続けることが次第に難しくなりつつある。
こうした状況下で、現場では「ホスピタリティ」や「おもてなし」といった言葉は、寄り添う姿勢や気配り、阿吽の呼吸といった要素と結び付けられ、「優しさ」や「人柄」「向いている・向いていない」といった個人の資質に依存するものとして語られてきた。結果として、教育や訓練によって身につける技能ではなく「あの人だからできる」で片付けられてしまう要因になってきた。
しかし、現場で実際に起きていることを丁寧に見ていくと、ホスピタリティは単なる「優しさ」や感情の問題ではないことが分かる。熟練者は、顧客の言葉をそのまま受け取るのではなく、その背後にある状態や文脈を読み取り、ときにはマニュアル通りの対応をあえて選ばず、ときには何もしないという判断を下している。そこでは「どう振る舞うか」以前に「何をするべきか・何をしないべきか」を選び取る意思決定がなされている。
こうした現場の実態を踏まえると、ホスピタリティは相手の状態や状況に応じて最適な行動を選択する「判断技能の集合」として捉えられる(図1)。
現場のホスピタリティは「判断技能」によるもの
現場での具体的な振る舞いをさらに深く見てみると、ホスピタリティが判断技能であることがより明確になる。例えば、ホテルのフロントで、疲れた様子の顧客から「静かな部屋」を要望された場面を考えてみる。
標準的な対応としては、騒がしさの要因が少ない部屋を案内するのが定石である。しかし熟練者は、その条件だけで判断しない。その部屋の窓が小さく閉塞感のある空間である場合、「静かさ」という言葉の裏にある顧客の状態を表情や会話の中から読み取っている。
例えば「移動の疲れを癒やし、気持ちを切り替えたい」という意図が読み取れた場合、あえて人通りはあっても眺望が良く、開放感のある部屋を提案することがある。そこでなされているのは、条件への対応ではなく、要望の再解釈に基づく判断だ。
同様の判断は、医療や介護の現場でも日常的に行われている。検査結果が出た患者に対し、結果から見えた情報を全て伝えることが常に最善とは限らない。熟練した医師や看護師は、患者の表情や声の調子、理解度を瞬時に捉え「今は詳細な説明よりも、まず安心できる事実だけを伝えるべきだ」と判断することがある。
これは情報を隠す行為ではなく、患者が受け止められる状態を作るために、情報量や伝達のタイミングを調整する意思決定であり、状況に応じた高度な判断技能である。
これらの場面に共通しているのは、決められた手順を忠実に実行しているのではなく、複数の選択肢の中から「今回は何をするか」「何をしないか」を選び取っている点だ。ホスピタリティは、丁寧な振る舞いや共感的な態度そのものではない。それらを用いるか否かを含めて、その場の文脈に応じた判断を引き受ける技能である。
