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  • AI協働時代の技能継承のカタチ〜技と知を未来につなぐために〜

「技能継承」から考える人とAIの関係とは【第11回】

西岡 千尋、滝本 真(アビームコンサルティング AI Leapセクター)
2026年4月13日

本連載では、製造業をはじめ、デザイン、医療、教育、スポーツといった分野を対象に、熟練者の技能がなぜ継承しにくくなっているのか、その課題にAI(人工知能)技術がどのように関われるのかを考察してきた。今回は、これまでの議論を踏まえ「技能とは何か」「技能継承とは何を意味するのか」を改めて捉え直すとともに、そこから人とAIの関係を、どのような前提で設計すべきかを整理する。

 製造やデザイン、医療、教育、スポーツなど多様な分野における技能継承は一見、各領域は対象も目的も異なり、求められるスキルも大きく異なるように見える。しかし事例や議論を並べてみれば、そこには共通した構造があることが分かる。すなわち、熟練者が発揮している価値の多くが“判断の過程”に依存しているにもかかわらず、その過程が十分に可視化されていないという構造だ。

 製造業では品質や生産性といった成果は数値にして把握されるのに対し、そこに至る判断や調整のプロセスは明文化されにくい。同様に、デザインや医療、教育においても、最終的なアウトプットは共有できても、思考や試行錯誤の過程は個人の中に留まりがちである。

 その結果、熟練者の経験や勘所は言語化されないまま蓄積され、暗黙知として個人に閉じていく。従来の技能継承は、OJT(On the Job Training)や長期的な経験の積み重ねによって補われてきた。その前提は今、労働環境や人材構造の変化により崩れつつある。

技能継承とは行動選択のための“技能モデル”の外在化

 こうした「判断をどう扱うか」という問いに答えるために「技能とは何か」「技能継承とは何を意味するのか」を改めて捉え直したい。

 まず「技能とは何か」を考えるためには、技能を単なる手順やノウハウの集積として捉える見方から離れる必要がある。技能とは「状況に応じて行動を選択するための“判断モデル”である」。環境や条件が、わずかに変わるだけで取るべき行動が変化するが、それに熟練者は柔軟に対応する。その背景には、経験の単なる記憶ではなく、そこから抽出されたパターンや原則がある。経験を抽象化し、それを新たな文脈に再適用しているのである。

 製造現場での微細な調整も、顧客対応における言葉選びも、外からは判断の根拠が見えにくい。しかし実際には「何を重視すべきか」という判断基準が内在化されている。つまり技能とは、具体と抽象を往復しながら判断を行う能力である。

 ただし、この判断基準は、その場で毎回リアルタイムに更新されるわけではない。多くの場合、過去の蓄積を引き出して状況に当てはめて判断し、失敗や振り返りを通じて徐々に更新される。従って技能とは「常に変化し続けるもの」というよりも「蓄積された判断構造を文脈に応じて適用し、必要に応じて更新していくもの」と捉える方が適切である。

 この定義に立つと、技能継承の意味も見えてくる。技能継承とは、手順や成功事例の共有ではなく、判断モデルそのものを他者が参照・再利用できる形に外在化する営みだ。そのためには「何をしたか」だけでなく「なぜそう判断したのか」「どのような条件だったのか」という背景まで含めて共有する必要がある。

 技能継承の意味を踏まえると、AI(人工知能)技術の役割も具体的に整理できる。技能継承におけるAI技術がもたらす価値には以下の3つがある。

価値1 :対話ログや意思決定の履歴を整理・構造化し、判断の背景を外在化し、共有できるようにする
価値2 :蓄積された履歴へのアクセスを容易にし、類似の状況下で、どのような判断がなされたかを横断的に参照できるようにする
価値3 :「なぜこの判断に至ったのか」「別の選択肢はなかったか」といった問いを提示し、振り返りと更新を促す装置として機能する

 すなわちAI技術は、技能そのものを代替するのではなく、判断モデルを継承できるよう、経験の蓄積、抽象化、再適用、振り返りという一連のプロセスを途切れさせずに回し続ける基盤になる。