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- 今こそ問い直したいDXの本質
「情報社会(Society 4.0)」は本当に到来しているのか【第4回】
DXの根本的な部分に納得していないあなたへ
情報社会の萌芽は技術的には随所に見られる
完成形が予測できないだけではなく「いつが情報社会の完成なのか」も判断できないでしょう。さまざまなスタイルが混在するからです。現在は工業社会が主流ではありますが、狩猟採集や農業を営む人々も同時に生活しています。同様に、情報社会が到来しても工業に従事する人々がゼロになる訳ではありません。
ただ工業社会になり農業の多くが工業化したように、情報社会が到来したときには狩猟採集、農業、工業のいずれもが情報化するでしょう。技術的には既に、その萌芽は随所に見られます。
こう考えれば、情報社会の到来には何か、はっきりとした区切りがあるものではなさそうです。むしろ価値観として多数派が占めるようになったときに「社会が転換した」と言えるのかもしれません。
例えば現在は工業社会のパラダイムで動いているため「将来は農業に従事しよう」と思っている学生でも、時間を気にしなかったり昼寝をしたりする訳にはいきません。教育が工業社会の基準で運用されていることは、狩猟採集や農業の視点からは不合理なことですが、受け容れざるを得ないのです。
これをベースに考えるなら、情報社会が本格的に到来するということは、情報産業を前提として、情報産業に適する形で社会のスタンダードが決まり、ほとんどの人が疑問を抱かなくなるということになります。あるいは情報の本質的な柔軟性から、大多数が同じ行動を取るというスタンダードが存在しない社会になるのかもしれません。
いずれにせよ筆者が「未だ工業社会のパラダイムが支配的」「本格的な情報社会は到来していない」という意味が、お分かり頂けたのではないかと思います。
少し補足すると、筆者は現在が「ガチガチの工業社会で、情報社会の断片がかけらも見えない」と言うつもりもありません。例えばコロナ禍で急速に普及したリモートワークは、その典型です。
工業では、製造装置のある場所に労働者が集まり、集約的に働くことで生産性が高まりました。しかし情報産業では、必ずしも一カ所に集まって同じ時間に働く必要はありません。
余談ですが、先に紹介した『第三の波』でトフラー氏はリモートワークも予言しています。当時の米国では離婚が大きな問題になっており、リモートワークによって夫婦の会話が復活し家庭の状況が改善すると予想しているのは面白いところです。
ヒト・モノ・カネの重要性がインターネットによって薄れつつある
情報社会の影響は、ものづくりにも出つつあります。製造装置を自らが持たなくても製造自体は世界の各地に外注できますし、資金がなければクラウドファンディングで集めることもできます。人が足りなければクラウドソーシングで助力を頼めます。
このように、かつては不可欠とされたヒト・モノ・カネの重要性がインターネットによって薄れつつあるのは、まさに情報社会の到来を予感させます。起業が活発になっていることにも関係があるかもしれません。
先に述べたようにヒト・モノ・カネを大量保有する重要性が低減した結果、少数の優秀な人材のみで大企業と伍するビジネスが立ち上げられるようになってきました。現在は成功したスタートアップの多くがM&A(企業の買収と合併)を通じて大規模化するため、今後の情報社会でも大企業の優位は揺るがないかもしれません。ですが今後は、大企業という存在自体が一部の産業に限られる未来になる可能性を想像しておく必要もあるでしょう。
ゆとり教育は一時、物議を醸しましたが、その議論が再燃しています。ある程度の知識を内在化させないと生産性も創造性も上がらないのは確かですが、記憶力も計算速度も人間の遥か上を行くコンピューターが、AI(人工知能)技術の発展で、翻訳も作文も高水準でこなす現在、子供たちは本質的に何を学ぶべきなのでしょうか。その答えは出ていないにせよ、詰め込み教育の是非が本格的に問われ始めていること自体が工業社会からの脱却を予感させます。
教育界には「40年ギャップ」という言葉があります。親は自分の子供に対し、自分の経験(20年前)で物を言い、その教育の結果は、その子供が大人になってから(20年後)分かるため、親の子供に対するアドバイスの成否が分かるまでに40年かかるというものです。
教育に限らず、世代をまたがる価値観が変わって初めてコンセンサスが変化します。社会は、技術や経済の一側面で急激に変わるものではなく、価値観や制度の変革を伴ってゆっくり変化するものであり、大きく変わるには必然的に時間が掛かるのです。
本家イギリスでの産業革命は、1760年代から1830年代まで約70年の時間が掛かったとされています。2025年の今は『第三の波』の出版から45年を経ています。今回の考察では、今まさに社会は転換期にあるのではと思われますが、情報社会が隅々にまで浸透するのはいつ頃になるのでしょうか。
磯村 哲(いそむら・てつ)
DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。中堅製薬企業のDX責任者を務めた後、現在は大手化学企業でDXに従事する。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。