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そもそもDXの進捗はどう判断すれば良いのか?VUCAの時代の評価指標【第6回】

DXの根本的な部分に納得していないあなたへ

磯村 哲(DXストラテジスト)
2025年9月26日

DXの進捗はデジタル化する社会への対応姿勢で評価すべき

 デジタル化プロジェクトにいくつも取り組み、小さな成功を体験し、新たなプロセスが定着していたとしても、上層部の発案を嫌々ながら受け容れていたり、隣のプロジェクトに巻き込まれないように矮小化したりしているとすれば、それは道具としてのITに取り組んでいるにすぎず、デジタル化する社会にチャンスを見出している訳ではありません。

 その一方で、自分たちが新たに取り組めそうなことを多くのメンバーで議論し、稚拙ながらも挑戦を楽しんでいる企業もあります。このとき、どちらが、局所最適化のdigitalizationに終わらず、企業として情報革命を生き残る確率が高いのかといえば、それは後者ではないでしょうか。

 これまでDXの進捗は、ITリテラシーやプロジェクトの成功事例をもって判断してきました。それ自体は1つの尺度としては良いとは思いますが、本質的には何を意味しているのでしょうか。社員の「ITパスポート」取得率が高まり、実業務にクラウドサービスを多数利用していれば、将来のデジタルな世界でビジネスがうまくいくといえるのでしょうか。

 これらの前提と問題意識を整理し直せば、以下の結論が導き出せます。

●DXとは、ITが社会に浸透するに伴い、企業が情報社会に適応するための長い長い旅程である
●VUCAの時代に、目指す未来像は正確には定められない。目的地がはっきりしない以上、企業変革の進捗を測れない。従って、代わりに企業変革のイネーブラー (目的を達成するための主要な要素)を進捗の指標にする案が浮上する
●長い期間を要する企業変革に必要なのは、危機ではなく機会を見て取ることである。DXに関していえば、ITの進展を脅威ではなく機会と見做すことが重要である
●つまり、先の見えない旅路の途中であるDXの進捗は、イネーブラーである「ITの社会への進展や先進的なITの発展を、どれだけビジネスの機会と見るかという姿勢の程度」で評価されるべきである

 つまり筆者は「DXの進捗は、デジタルビジネスの成功やデータの活用度合いではなく、デジタル化する社会への姿勢で評価すべきである」と主張していることになります。

 これには理由があります。社会が変化し続け、技術も進歩し続ける以上、特定の能力はすぐ凡庸になります。一度獲得した競争優位も、競合や新規参入などにより、いずれ消失してしまうため、単回の成功は長期的には大きな意味を持ちません。こういった前提を置いたとき“変化し続ける能力”のほうが“ある瞬間の能力や成功”より重要になります。これは論理的に必然ですし、もはやコンセンサスにもなっているのではないでしょうか。

 そうした“変化し続ける能力”のうち、DXの文脈において最も大きな要素は、コッターの理論と筆者の経験を合わせれば「デジタルを機会と見做すマインドセット」になります。これを本稿では「digital attitude/openness」と呼びたいと思います。

変化する力のなかでも“感知(Sense)”を最重要視する

 「digital attitude/openness」は変化する力の一部です。ですので、D.J.ティース氏が、環境に適応し組織を柔軟に変化させる力として提唱する「ダイナミックケイパビリティ」との関係が気になる方もいることでしょう。ダイナミックケイパビリティは(1)感知する力(Sense)、(2)自らの能力を組み換える力(Seize)、(3)その変化を定着させる力(Transform)という3つの能力に分類されます。

 例えば化学産業は、過去に石炭化学から石油化学へと大きな変革を体験しました。そのダイナミックケイパビリティは現在も受け継がれており、サステナビリティという社会の変化を鋭敏に感じ(Sense)、化学の力を活かして新しい製造プロセスへと組み換え(Seize)ています。Transformはこれからですが、変革のポテンシャルは十分にあるでしょう。

 しかし、同じ化学企業でも、ITに関してSenceやSeizeの力はまちまちです。早々にデジタルの世界にチャンスを見出している企業もあれば、周囲が盛り上がってから着手し、その後も従来のオペレーションの効率化のみに取り組んでいる企業もあります。すなわち、一口にダイナミックケイパビリティと言っても、その力があるか、ないかというより、分野ごとに得手・不得手があるというのが実情でしょう。

 こうした能力のうち、デジタル分野におけるSenseやSeize、特にSenseに比重を置いた能力を本稿では「digital attitude/openness」と呼んでいます。なぜSenseが最も重要かといえば、繰り返しになりますが、デジタルとは継続的な社会の変化という外部環境であるため、社外への感度と前向きな姿勢なしに企業の存続と発展は期待できないからです。

 なお「digital attitude/openness」は覚えにくいし、横文字どころかカタカナですらないし「どうにかならないの?」と観じられていることでしょう。筆者自身、そう思います。「ITの社会への進展や先進的なITの発展を、どれだけビジネスの機会と見るかという姿勢の程度」を表せられれば良いのですが、うまい表現を考案できていません。

 コッターからキーワードを拾うなら「機会」「繁栄」「情熱」「好奇心」「イノベーション」あたりになりそうですが、どれもしっくりきません。もう少し考えたいと思いますが、良いアイデアがあれば是非、お知らせください。

磯村 哲(いそむら・てつ)

DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。中堅製薬企業のDX責任者を務めた後、現在は大手化学企業でDXに従事する。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。