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  • 今こそ問い直したいDXの本質

そもそもDXとは新規事業開発ではないのか?取り組み姿勢に関する15の想定問答【第7回】

DXの根本的な部分に納得していないあなたへ

磯村 哲(DXストラテジスト)
2025年10月17日

新規事業開発はコト化が進んだだけではDXは成功とはいえない

Q10:DXとはデジタル技術を用いて新規事業を起こすことではないのか。当社の新規事業はうまくいっている

A10 :新規事業の成功が、既存事業の雰囲気を変えデジタルへの期待感を高めているならDXは進展しているでしょう。新規事業と既存事業でデジタルへの感覚が大きく異なったままなら、既存事業側のDXは進展していません。その結果としてシナジーが小さいと判断されれば株主から会社の分割を求められることもあるのではないでしょうか。

Q11:DXというのはビジネス変革ではないのか。モノ売りからデジタルサービス中心になればDXは成功しているのではないのか

A11 :「DX」という言葉には複数の意味があり、混同しやすいことにご注意ください。本稿では、個別のビジネスをデジタル武装することを「デジタルビジネスデザイン」と称し、産業革命に匹敵する社会変化である情報革命の波を乗り切ることをDXと呼びたいと思います。

 この場合、ある製品のビジネスモデルをデジタルサービス化するのはデジタルビジネスデザインであり、長い旅であるDXの1ステップと位置付けられます。サービス化、コト売りが成功するのは素晴らしいことですが、digital attitude/opennessは、長期の旅程に焦点を当てています。

Q12:digital attitude/opennessはどう高めればいいのか?

A12 :各企業の社風によって異なります。短期の業績向上を好むならROIを、パーパスが重要ならそれとの接続を、新しいことを好むなら先進的な技術を重視した施策を企画すれば良いでしょう。自社の力を信じ、デジタル社会への変化を期待するようになる手段を選ぶべきです。なお、コッターは企業文化が変わるのに4〜10年掛かると言っていますので、digital attitude/opennessに関しても焦りは禁物です。

Q13:DX活動の優先順をどう付ければいいのか?

A13 :効率化・自動化(digitalization)や、個々のビジネスのデジタル武装(デジタルビジネスデザイン)のうち、投資額の大きいものは、個々のプロセスやビジネスに資すると同時に、digital attitude/opennessの向上との両立を求めて優先度を判断すべきです。ビジネスインパクトがなければ息切れしてしまいますし、digital attitude/opennessが高まらなければ長期的な生存能力が向上しません。

 一方で投資額の小さいものは、digital attitude/opennessだけを評価しても良いでしょう。例えば人材育成に関しては、たとえリテラシーのスコアが上がったとしても、強制などの結果デジタルへの忌避感が増すようであれば、DXは後退していると見るべきです。

Q14:digital attitude/openness自体はどうやって計測できるのか?

A14 :コンサルティングファームなど各社がデジタル成熟度のようなものをサービス化していますので、それを利用するのが良いでしょう。本稿は、そういったアセスメントの用途と解釈を提示しており、新たな計測方法を提案している訳ではありません。

Q15:誰のdigital attitude/opennessを高めるのが最も重要か?

A15 :強いて1つだけ挙げるなら、経営陣でしょう。なぜなら社会の環境変化に応じて戦略を決めるのは経営陣だからです。もちろん、ミドルマネジャーや現場担当者の感覚が付いてこなければ、経営陣の方針は空疎な掛け声に終わってしまうため、digital attitude/opennessが全社的に重要なのは言うまでもありません。

 3年ほど前に「40代の4割がDXに関わりたくないと思っている」という記事がありました。digital attitude/opennessを高めるのが難しいだけに、逆に、この層のdigital attitude/opennessを高められれば、会社の風土が大きく変わるのかもしれません。

時間軸を意識し変革の能力と意欲を高め続ける

 筆者の「DXの本質」ついての思索は、小林 喜光 氏(現東京電力)に「リアルとバーチャルは、どちらが勝つのか」と問われたところから始まったような記憶があります。それから10年超という長い考察を経て、一連の疑問は、ある程度解消したような気がしており、だからこそ本稿をまとめてもいます。

 ですが、それも今だけかもしれません。DXに重要な要素が「digital attitude/opennessである」ということの前提として「デジタルに対してオープンで前向きであれば、つまりデジタルに機会を見出す風土があれば、その後の変革や定着は通常の施策で何とかなる」と考えているからです。その前提が変われば今後、より重要な論点が浮上する可能性はあるでしょう。

 しかし、少なくとも情報革命が今後数十年に亘る継続的な外部環境の変化である限り、digital attitude/opennessが重要なことに変わりはないと考えています。

 「DX」という言葉を最初に唱えたエリック・ストルターマン氏は、このように定義しています。

「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」(Information Systems Research, Erik Stolterman & Anna Croon Fors, 2004)

 この言葉が社会の全面的な情報化、つまり情報革命を指しているのは明らかです。この「良い方向に変化させる」ことに前向きに取り組む姿勢がdigital attitude/opennessだとすれば、両者はきれいに整合します。

 経済産業省はDXを以下のように定義しています。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」(デジタルガバナンス・コード2.0、経済産業省、2020)

 ビジネス環境の変化に対応するという認識の部分は筆者の定義と一致しています。一方で「環境変化が激しくないとDXではないのか?」「いちど獲得した競争優位性を失ったらDXは失敗なのか?」といった疑問が残る部分があります。その理由は、第6回で指摘したように、時間軸に言及がないからでしょう。

 筆者は環境変化には、技術が席巻する数年単位の速いものから、人々の価値観の変化を伴う数十年単位のゆっくりしたものまでが含まれると考えています。その意味で経産省の定義は、単回の変革(デジタルビジネスデザイン)と、情報革命を生き延びる長期間の旅路の両方を包含しているように読めます。

 持続的な変化を乗り越えようとするならば、効率化や単回の変革で成功を積み重ねつつ、変革の能力と意欲を高めることこそが重要だと考えます。

磯村 哲(いそむら・てつ)

DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。中堅製薬企業のDX責任者を務めた後、現在は大手化学企業でDXに従事する。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。