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  • 今こそ問い直したいDXの本質

なぜ変革の話をしたいのにIT導入になってしまうのか【第9回】

DXの考え方に慣れないあなたへ

磯村 哲(DXストラテジスト)
2025年11月14日

ITに自信がないことが認知を狭窄化させる

 理由の1つには、AIなどの技術が過剰な期待と不安を煽っていることがあるでしょう。センセーショナルな扱われ方が逆に、先進的なITに対して身構えさせてしまっている面は否定できません。「よく分からない」という不安を抱えたままDXの専門家だという人たちの話を聞いてしまうと、自分が知っているトピックが出て来るのを今か今かと待ち構えてしまいます。

 そんな心境では、ビジネスの背景や変革に関する話は、先進的なITを導入するためのイントロにしか聞こえないでしょう。「こいつはなぜ早く本題に入らないのか」「どうやれば自分の組織でAI技術を活用できるのか」などを聞きたいという姿勢でいればいるほど「どこがDXなのか」といったリアクションは、いかにも自然なものでしょう。

 では、一方のDXの専門家は何を考えているのでしょう。ITは非常に広範な技術分野です。その時々で流行りの仕組みやキーワードがあるにせよ、本来は驚くほど雑多で深淵な領域をカバーしています。具体的には、人間の知的活動や機械が関わる多種多様な状況、そしてバーチャル世界のほぼ全ての要素です。

 さらには人の感情にも影響を与えられます。だからこそ、ゴール設定をしなければ技術が選べないのです。「何ができるのですか?」「何がしたいのですか?」といった不毛なやり取りは世界中で行われていますが、特にITで起こりやすいのは、そういう理由です。

話をややこしくするITベンダーの存在

 この状況を、さらに、ややこしくしているのが、種々の事例をフックに“ソリューション”の名の下に製品/サービスを売り込んでくるITベンダーです。他社の成功事例を分かりやすく説明し、いかに「このソリューションが世界を席巻しているか」を力説されると自社にも必要な気になってきます。経営課題の上位になかったとしても「乗り遅れるわけにはいかない」という気持ちから導入を決めてしまうこともあるでしょう。

 そんな説明を何度も聞いていると、目の前に現れたDXの専門家が、落としどころのない、簡単には答えられない議論をしたがっていることに気付かず、つい「それでお勧めのソリューションは?」と聞きたくなる気持ちは十分に分かります。

 しかし本当のDXの専門家は、ITベンダーの片棒を担ぐ回し者ではなく、そういう話がしたいのではありません。広大な選択肢から真に役立つものを選ぶため、さらに言えば、それを通じて会社の変革を実現するための問題を設定しようとしているのです。契約が取れれば儲かるITベンダーとは全く異なるモチベーションで臨んでいるわけです。

 過度に期待と不安を煽り、あるいは過度に単純化した話で本質を覆い隠す行為がDXの理解を妨げているのだとしたら、そういった活動をする人々、すなわち、その種のコンサルタントやITベンダーが“DXの敵”ということになります。2018年に経済産業省が発表した『DXレポート』ですら、この過ちに陥っていたと言えます。基幹系システムの刷新が“DXの本命”だという印象を与えてしまった点です。その反省の弁が2020年発行の『DXレポート2』では見られます。

 もちろんコンサルタントやITベンダーの中に誠実なプレーヤーは存在します。自社でのDXに取り組む機運が高まっているのも、世間の盛り上がりがプラスに影響しているとも言えるだけに、彼らの営業活動の全てが悪いとは言い切れません。しかしIT産業が昔から、ダイエットや英会話教材などと同様に、劣等感に付け込む“コンプレックス商法”を多用してきたことを考えると、素直には温かい目で見られないのは致し方ないのではないでしょうか。

 さて、悪者を作って終わりという無責任な論旨を展開したかった訳ではないので、次回はITへの理解が深まりさえすれば解決するのかどうかについて考えてみたいと思います。

磯村 哲(いそむら・てつ)

DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。中堅製薬企業のDX責任者を務めた後、現在は大手化学企業でDXに従事する。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。