- Column
- 今こそ問い直したいDXの本質
そもそもデータは意思決定の“根拠”になるのか【第20回】
データの重要性がいまひとつ腑に落ちないあなたへ
“理屈”が持つ過剰な説得力をデータで制御する
これらの例のように「一見もっともらしい理屈・理論が必ずしも現実とは合わない」という学びから医療の世界では、データを重視する姿勢が強まっていき、現在のEBMに至っています。
もちろん、データがないうちは専門家の意見・考察に頼るほかありません。実際、新型コロナウィルス感染症のパンデミック初期は、専門家が考察を提供し対策が打たれていました。それと並行して、正確なデータの入手に大きな労力を割きエビデンスを蓄積してもいました。
そうやってエビデンスレベルのピラミッドを参照し、できることから始めつつ信頼する根拠を切り替えていくのが、データを用いた意思決定の1つのあり方でしょう。
人間は、現象を後付けで説明するのが上手です。昔から「理屈と膏薬は何処へでも付く」と言われるように、偶然を偶然と思わず理由を考えてしまう思考の癖も関連するでしょう。行動経済学者のダン・アリエリー氏は「人間というのは驚くべき正当化装置だ」と指摘しています。つまり人間は、複雑な問題に関して過剰に理屈を作り上げてしまうのです。
ですから「データに基づく意思決定をしよう」とか「データに駆動させよう」などと言うときに、何を成し遂げたいのかといえば、理屈に対する過信にセーブを掛けたいということです。
複雑な物事に関して「そんなこと考えれば分かるだろう」という発想ほど危険なものはありません。考えて分かったことが正しいとは限らないからです。ゼンメルワイスの消毒法が広まらなかったのも、当時の専門家が理屈で納得できないことを拒否したからです。
“根拠”とは何かを考えることがデータに基づく意思決定の始点
「考えるな、感じろ」は映画俳優ブルース・リーの台詞です。これをもじるなら「考えるな、データを見ろ」でしょうか。実際のビジネスを想定するなら「考えろ、その前にデータを見ろ」が正確かもしれません。意思決定のためのフレームワーク「OODA(Observe:観察、Orient:方向づけ、Decide:意思決定、Act:行動)」が「Observe:観察」から始まることとも関連しそうです。
「Evidence-based」に続く言葉をGoogleサジェストで見ると、「medicine」以外には「marketing」「policy-making」「management」「design」「education」などがヒットします。これら全てが、EBMのように専門家の意見よりデータを信頼するという訳ではないでしょうし、経済学ではむしろ、データ偏重に警鐘を鳴らす動きもあります。過ぎたるは及ばざるがごとしということもあるでしょう。
データ駆動を真剣に考えるなら、まず医療の世界のエビデンスレベルという概念を理解し“根拠”という言葉の解像度を上げる必要があります。そして、目の前の意思決定に際しては何を根拠にすべきか、将来の意思決定の精度向上には、どんな準備が必要かを考えることが重要なのではないでしょうか。
磯村 哲(いそむら・てつ)
DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。その後は中堅製薬企業等でDXに従事し、現在は準大手ゼネコン企業のDX・IT責任者を務める。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。