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  • 今こそ問い直したいDXの本質

そもそもデータは共有したほうが良いのか【第21回】

データの重要性がいまひとつ腑に落ちないあなたへ

磯村 哲(DXストラテジスト)
2026年5月15日

前回までDX(デジタルトランスフォーメーション)における“データ駆動による意思決定”について考えてきました。そうしたデータ活用においては“データのサイロ化”が問題視され“データの共有”の必要性が指摘されます。ですが、なぜデータを共有しなければならないのでしょうか。今回は、データ共有について考えてみます。

 DX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈では、前回まで考えてきた“データ駆動”に合わせて“データ共有”の必要性が指摘されます。しかし、データを共有するには、その準備が面倒なばかりで結局は使わなかったりするのではないでしょうか。いつも見ている情報を小まめに更新し丁寧にチェックするだけでは何が不足なのでしょうか。

DIKWモデルはデータを人間が活用するまでの段階を表す

 データ活用においては「DIKWモデル」という概念があります(図1)。「“データ(Data)”を整理することで“情報(Information)”になり、情報を解釈することで“知(Knowledge)”になり、知識を体得し意思決定に活用できる状態になったのが“知恵(Wisdom)”である」という考え方です。ちなみに、ここでいう知識は、哲学における知識とは定義が異なり「正確で再現性のある知見やノウハウ」といったイメージです。

図1:“データ”が“知”に変わるまでの関係を示した「DIKWモデル」。「DIKWピラミッド」とも呼ぶ

 DIKWモデルは、人間には可読でないデータが、どうやって最終的に有用になるかの発展段階を表しています。人間の脳が本当に、こういう段階を経て理解・行動しているのかはともかく、モデルとしては、もっともらしいと思います。

 さてビジネスでは「情報共有が大事だ」とよく言われます。これが言葉通りDIKWモデルに従っているなら、DIKWのピラミッドの下から2層目を共有しようという意味になります。

 ここでいう情報は、人間が解釈可能な状態ですから、確かに共有するのに良さそうです。その内容は直感的で、それなりに濃縮されていて扱いやすく、何ならその場で取捨選択できます。人類が言語を獲得して以来、きっと共有されたものの多くは情報だったのでしょう。それくらいには自然な指摘だと感じられます。

 ではなぜ昨今は「データを共有しよう」というのでしょうか?情報では駄目なのでしょうか?もちろん“情報”と“データ”を区別せずに話している人も多いでしょう。「情報共有」というと、会議などアナログなイメージがあるため、ITっぽさを強調するために「データ」という言葉を使っているかもしれません。

 ですが、もう少し突っ込んで本当に“データ”の共有が重要なのだとしたら、その理由は何なのでしょうか。