- Column
- 今こそ問い直したいDXの本質
そもそもAIは信頼できるのか【第27回】
AIの広がる姿が想像できないあなたへ
人が何かを“信頼”するのは省力化のため
そもそも人は、なぜ何か・誰かを信頼しなければならないのでしょう。一般的には、さまざまな理由があると思いますが、経済的に考えるなら、信頼しないことで支払うコストが大きすぎるからです。
ある日、なぜ駅への道を忘れないか、友人は突然自分に殴りかかってこないか、テレビのニュースは捏造だらけではないのかなど、これら全てに自力で備えていては、とても円滑な生活を送れません。
これらを信じて省力化する、いわばサボるために、さまざまな物事を信頼しているという見方ができます。逆に、信頼できない状況では、サボらず自分で努力すべきという話でもあります。
だとすると、AIシステムを信頼できそうな状況はいろいろあります。要するに、手抜きをして失敗したと思っても、あまり後悔しないような状況なら、どんどんAIシステムに任せられるからです。さすがに就職先は任せられませんが、今日のランチとか、服のコーディネートとか、生きていくうえで“ちょっと楽をしたい”ことは山ほどあります。
ルーマン氏は、こうも言っています。「信頼はそれ自体を自ら前提とし、さらにそれ自体を自らで確証する」。つまり信頼が信頼を呼ぶということです。ですから、AIシステムが使われ、その有用性や一貫性が体感され流布されるほど、AIシステムは信頼されます。最初に小さなリスクを冒して信頼することが信頼の始まりなのです。
作家のアーネスト・ヘミングウェイ氏が「誰かを信頼できるかを試すのに一番良い方法は、彼らを信頼してみることである」と言っているのも、おそらくは同じことなのでしょう。
DX推進の方法論は“システム信頼”の実践にあり
これをビジネスの場に適用しようと思うと、よくあるDX(デジタルトランスフォーメーション)の方法論になります。「スモールスタート・スモールサクセスから始めよう」というのは「失敗しても後悔しないような、さまざまなケースで上手くいく姿を見せて信頼の輪を広げ“システム信頼”を得よう」というアプローチです。
「まずはトップが実践する」とういうのもシステム信頼だと思いますし、トップの威光を利用した“人格的信頼”の側面もあります。同様に、現場を回って実情をヒアリングするのも、担当者の人柄を通じてAIシステムに人格的信頼を感じてもらう効果がありそうです。
DXではユーザー体験・顧客体験を重視しますが、それは“馴れ親しみ”の段階に進んでもらうことで変革を定着させたりLTVを上昇させたりすることに当たるでしょう。その意味で、AIシステムでもユーザー体験・顧客体験を考える必要があります。またAI戦略を掲げるのも、全体観を描くことでシステム信頼を獲得する効果があると思います。
最後に告白すると、実は筆者はルーマンを読んでいません。書籍『信頼』は購入したのですが、引っ越しの際に未読のまま、どこかに紛失してしまったようです。今回は、ルーマン氏の解説をインターネットで漁り、それらを “信頼” することで執筆しました。ここで信頼しているのは、それなりに確かな情報が存在するインターネット、および複数の情報をチェックすることで蓋然性の高い結論を得られる自分自身という構図です。
さてさて、原典を紛失し読まないままに記事を書く筆者と、世界中の情報を学習しているAIシステムのどちらが信頼に値するのか。それを決める権利は、当然ながら読者の皆さんにあります。
磯村 哲(いそむら・てつ)
DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。その後は中堅製薬企業等でDXに従事し、現在は準大手ゼネコン企業のDX・IT責任者を務める。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。