- Column
- 今こそ問い直したいDXの本質
そもそもビジネスパーソンにITの知識は必要か【第28回】
DX人材像がイメージできないあなたへ

DX(デジタルトランスフォーメーション)の遂行に向けては、DXリテラシーが必要だとされます。そのなかにはITの知識も含まれますが、なぜDXの遂行にITの知識が必要なでしょうか。「DXはITを軸とした変革活動なのだから当たり前」と思われるかもしれませんが、それは自明なのでしょうか。なお本稿では、以前に述べたようなデジタルとITの差異は問題にしません。
一般論として“専門家”は、自身の専門分野について分かってほしい生き物です。会計の専門家は「会計はビジネスパーソンにとって必須スキルである」と言い、特許の専門家は「これからのビジネスは知的財産の知識抜きにはあり得ない」と言います。ITの専門家なら「今やITは全社員にとって常識であるべきだ」と言うでしょう。
専門的な知識の獲得は互いが求め合っている
かくしてビジネスに携わる人は、あまりに各種のリテラシーを要求されます。しかも、自身が本来持っている専門分野では一流でなければならず、だからといって勉強ばかりしている訳にもいかないという難しい立場に追い込まれてしまいます。ではなぜ専門家は他者にリテラシーを求めるのでしょうか。大きく2つの理由が考えられます。
理由1:相手に知識があれば話が早い
伝えたいトピックの言葉や背景、これまでの成功と失敗の歴史、似て非なる概念などを理解してくれていれば、基本的なことを伝える労力も時間も短縮でき、いきなり本題に入れます。「神は細部に宿る」と言いますが、リテラシーがない相手と話しても細部にまで至りません。専門家がこれを嫌がるのは当たり前でしょう。
理由2:勘違いが減る
言葉が通じているにも関わらず、実際には大きな誤解があって、それが後に判明し大幅なロスが生じることは、残念ながらよくあります。「ディープラーニング」や「GPU」など、その分野に固有の専門用語なら勉強するだけで十分ですが、「要求」や「親子」のような日常用語でありながら分野によって特定の意味を持つ言葉は、それを知らなければ思わぬ誤解を招いてしまいます。
これらの関係は対称です。ITとビジネスの関係で言えば、ITの専門家は相手に「ITの知識を持っていてほしい」と思い、逆にビジネス部門は「ITの技術者に部門の業務を理解していてほしい」と思います。だとすれば、ビジネス部門にITの知識を身に着けてもらうのはコストに合わないのではないでしょうか。
何故ならビジネス部門はIT部門に比べ圧倒的に多くの人数がいるため、全員の知識レベルを高めるためのコストは、IT部門を教育するより圧倒的に大きくなるからです。かといってIT部門が会社の全ての業務を理解することは、事実上困難です。会社の機能は無数に存在し、それらを少人数でカバーするのは現実的ではありません。
異分野の橋渡しする“翻訳者”の功罪
こうした事情から要請されるのが“翻訳者”です。ビジネス部門からIT部門に所属した、あるいはその逆などでビジネスとITの「両方分かる人」です。そうした少数の翻訳者が各部門に設置され、さまざまな局面に立ち会って解説し、先回りして誤解の発生リスクを下げる。ビジネス部門もIT部門も互いの知識を深める必要がなくなり、コミュニケーションが円滑になって「めでたしめでたし」ということです。
確かに、有識者や書籍も、この手法を推す声は多いです。ですが、これが正解なのでしょうか?筆者は2つの問題があると考えます。
問題1:コミュニケーションの質が翻訳者のレベルで決まってしまう
ビジネスの深い理解とITの広大な技術分野を、翻訳者が自由自在・縦横無尽に動き回れるのなら、おそらくうまくいくでしょう。しかし実際には、そんな有能な翻訳者は滅多にいませんし、育成も容易ではありません。翻訳者がその能力を最大限発揮したとしても、せいぜい自らが知っている事例や過去の経験の周辺を想像できる程度でしょう。そして早々に検討範囲を自分が分かる分野に絞ってしまい、あり得たはずの潜在的なインパクトが意識されないまま埋没してしまいます。
問題2:翻訳者が活躍すればするほど、ビジネス部門もIT部門も問題の“自分事感”が薄れていく
ビジネス部門が、やりたいことを自分の言葉で、不器用でも情熱と深い問題意識を持って伝えれば、言外に含まれる急所が浮かび上がることがあります。IT部門が技術の本質や将来展望を語ることで、世界の見え方が変わり新たな可能性が感じられることがあります。しかし、翻訳者の存在により、専門家同士の広く深いパースペクティブが失われ、薄っぺらな伝達事項になってしまい、可能性に満ちた議論は、ただの片付け仕事になってしまうのです。