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世界標準の産業用データスペースによる協創に、欧州機械産業の再興を懸ける

「Industrial Transformation Day 2026」より、独VDMA Forum Manufacturing-X ルーカス・ゾールバッハ 博士

阿部 欽一
2026年5月8日

欧州の機械産業は今、グローバル競争の高まりやコストの高騰、デジタル化への拒絶反応などに直面している。独VDMA(ドイツ機械工業連盟) Forum Manufacturing-X RoX Tech Transfer and Harmonisation プロジェクトマネジャーのルーカス・ゾールバッハ(Dr. Lukas Sohlbach) 博士が「Industrial Transformation Day 2026」(主催:インプレス、2026年3月13日)に登壇し、欧州の製造業向けデータ連携構想「Manufacturing-X」が構築するデータスペースの真価と、産業横断やAI(人工知能)ロボティクスの適用を見据えた連合型デジタルエコシステムの必然性を解説した。

 「デジタライゼーションとデータ共有は、規制対応やサプライチェーン管理、サステナビリティ(持続可能性)など、多くの課題に波及する横断的な戦略となる。しかし、その重要性が正しく認識されていないことが最大の問題だ」--。独VDMA(ドイツ機械工業連盟) Forum Manufacturing-X RoX Tech Transfer and Harmonisation プロジェクトマネジャーのルーカス・ゾールバッハ(Dr. Lukas Sohlbach) 博士は危機感を隠さない(写真1)。

写真1:独VDMA(ドイツ機械工業連盟) Forum Manufacturing-X RoX Tech Transfer and Harmonisation プロジェクトマネジャーのルーカス・ゾールバッハ(Dr. Lukas Sohlbach) 博士

現場の半数が「デジタル化やデータ共有が生産性を下げる」と回答

 欧州の機械産業は今、厳しい競争にさらされている。2024年の欧州機械産業の推定売上高は8670億ユーロ、世界の機械販売では約27%のシェアを占める。一方、中国は約35%のシェアを維持・拡大しており、競争上の脅威は増すばかりだ。

 閉塞感の正体をゾールバッハ博士は「多くの問題が重なり合い、産業界全体の生産性向上を阻んでいる」と分析する。要因としては「グローバルサプライヤーからの競争圧力、世界情勢の不透明感、原材料・エネルギーコストの高騰、パートナー企業との技術的・規制的な協力の困難さ」(同)など、多岐にわたる。

 困難さを象徴するのがドイツ経済研究所(IW:The German Economic Institute)が2025年に実施した調査の結果だ。調査によれば、対象企業1000社の約半数がデジタライゼーションやデータ共有の取り組みが「生産性を阻害している」の認識を示した。さらに約3分の1の企業が「自社とは無関係」とまで回答していたという。

図1:ドイツ経済研究所(IW:The German Economic Institute)による調査結果では「Digitisation(デジタライゼーション)」が生産性を阻むというデータがある

 現場の認識に対してゾールバッハ博士は「デジタライゼーションとデータ共有は多くの課題を解決する。その重要性は、表面上の数字が示すよりもはるかに大きい」と断言する。

 データ活用の潜在価値は明確だ。ドイツ経済研究所と独研究機関のフラウンホーファーISST(ソフトウェア・システム技術研究所)は「2030年までに欧州のデータ経済の価値創造ポテンシャルは12.5億ユーロに達する」と見込み「データ量も世界・欧州ともに増加の一途をたどっている」(ゾールバッハ博士)という。

 また、2021年の仏キャップジェミニ(Capgemini)の2021年の調査では、企業が集中的かつ体系的にデータを共有した場合「顧客満足度が年間15%、生産性が14%それぞれ向上し、コストが11%削減される」という結果も示されている。

全員連携の理想が二者間のデータ交換に留まっている

 では、産業界で理想とされるデータ共有の実態はどのようなものなのか。ゾールバッハ博士は「OEM(機械メーカー)を中心に、顧客やサプライヤー、研究機関や官公庁までが緊密に連携するエコシステム」を提示する。そこでは「多様なステークホルダーが製品・生産データ、研究開発データ、規制関連データなどをやり取りする」という。

 しかし、現実には依然として大きな乖離がある。現在の価値創造は「ほぼ完全に“二者間のデータ交換”に依存している」(ゾールバッハ博士)からだ。「データの経済的活用が、バリューチェーン全体へ体系的に統合されているケースは非常に少ない。これが最大の問題だ」(同)

 従来、こうした課題を解決するのは「『中央集権型のデータプラットフォーム(Centralized Platform)』と信じられてきた」とゾールバッハ博士。だが、このアプローチにも「根本的な問題がある」と指摘する。

 1カ所に集約される結果、データの利用者/提供者が自らのデータに対する支配権を失い、プラットフォーム所有者が共有条件を独占的に決定できてしまうことを意味する。ゾールバッハ博士は「データのサイロ化、特定ベンダーへの依存(ロックイン)、さらには独占化が中央集権型プラットフォームの必然的な帰結だ」と指摘する。

図2:「中央集権型プラットフォーム」ではデータ利用者/提供者が中央を介さなければとつながれない構造にある