- Column
- 実測データとAI技術で高めるデジタルツインの価値
清水建設、建設現場で見えたフィジカルAIの壁を産業共通の基盤づくりにつなげる
「インダストリアルデジタルツインサミット2026」より、技術研究所 ロボティクス研究センターの五十嵐 俊介 氏
建設現場でデータ収集・モデル化・実装のサイクルを回す
ただし清水建設はロボットメーカーではない。それゆえに五十嵐氏は、ロボットを使うユーザー企業としての自社の役割を「データを集めたり、モデル構築をしたり、実際にそれを現場で使ったりするサイクルを、建設業の中で作り上げること」だと定める。
五十嵐氏は、人型ロボットを使った2つの主要な事例を提示した。
事例1:現場内巡回
乱雑な現場を移動できるかを確かめるため、まずは人型ロボットを歩かせる歩行実験を実施した(図1)。だが本題は、ロボットの左手に装着したスティックカメラ経由で回収した映像データにある。
取得したデータをAI技術に読み込ませて、現場状況の要約作成や、特定の車両が映るシーン場面の検索、「足場の安全について指摘してほしい」という指示に基づく危険箇所の抽出を実現する。「まるでベテランの管理者が現場に行って『これが危ない』と示唆する」と五十嵐氏は話す。
事例2:塗装作業
人が塗装動作を30回前後実演して人型ロボットに模倣学習させた後、モデルの推論によって「塗料を取り、余分な塗料を拭い、塗る」という動作を実行した。
「まだまだ職人のようには塗れていない」と五十嵐氏は認めるが、あえて塗装を選んだのには理由もある。流体を取り扱う難しさに加え「物体の移動と違って“作業の終わり”が定義しにくい」(同)からだ。塗り終わるという状態がどういうものなのか、それは品質的に問題ないのかという判定基準のあいまいさに加えて壁面への接触を伴う。そのため「必要なセンサー情報の種類、すなわち異なる形式のデータである『モダリティ』の選定も課題になる」(同)という。
他にも「まだロボットを使うにはハードルが高い」(五十嵐氏)ものの、左官の技能を、職人の目線カメラや関節動作の動きで計測・記録。VLM(Vision Language Model:視覚言語モデル)へ入力して作業内容を説明させ、アノテーション(意味付け)に用いるデータ収集を実施している。さらに、自社研修施設をフォトリアルに再現した仮想環境での学習といった事例もある。
データを収集し、モデルを学習させ、実現場に実装する。この一連のサイクルを五十嵐氏は「本業のロボットベンダーに比べれば足元にも及ばない」と断りを入れつつも「技術の受け手であるユーザー側が自ら開発の現場に立ち、手を動かすことに意義がある」と強調した。
実運用ルールとデータ規格の標準化でPoC止まりを防ぐ
人型ロボットを実際の現場に入れるとなると「課題が一気に噴き出す」と五十嵐氏は話す。克服すべき課題は、以下の5点だ。
課題1=安全 :歩行中の人型ロボットが階段から転落したり、作業で品質不良を出したりすれば、周囲で働く作業員の安全や工事の品質が脅かされる
課題2=データ :必要となるモダリティの種類やデータ構成、データ量に関して最適なモデル構築手法に定まった正解がなく、試行錯誤の状況が続いている
課題3=ROI(Return on Investment、投資対効果) :実際の生産性に対して真に寄与できるのか、依然として疑問や慎重な見方が存在している
課題4=供給体制 :ロボット本体・基盤モデル共に現状は海外製が多く、国産モデルの台頭に期待しつつも安定的なサプライチェーンに懸念がある
課題5=市場の醸成 :メーカーによるロボットの供給を待つだけではなく、ユーザー企業から積極的に需要を定義し、市場環境を形成していくことが不可欠になる
いずれも清水建設1社の事情ではない。「安全、データ、ROIは、建設業に限らず産業全体に共通する課題であり、1社の努力では片付かない」と五十嵐氏は強調する。
