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量子コンピューター時代に向け「量子Ready」への着手を【第4回】

山本 良太(KPMGコンサルティング マネジャー)
2026年9月9日

前回までに、エマージングテクノロジー(新興技術)の活用に向けては、AI(人工知能)技術をハブに、それらを組み合わせることが重要であり、ハブになるAI技術と人が“協業”するための要件を解説した。今回は、ハブに組み合わせるテクノロジーとして量子コンピューティングを取り上げる。その技術トレンドと外部環境の変化を整理したうえで“量子レディ(Ready)”、すなわち量子時代のリスクと事業機会に備えた状態への道筋を解説する。

 「量子コンピューターの実用化はまだ数十年先」という認識は、もはや過去のものになりつつある。量子計算で生じるエラーを検出・修復する「誤り訂正技術」の進展により、実用化時期の予測は年々前倒しされている。量子コンピューターによって既存の暗号が無効化される「量子リスク」への対応期限も、各国・地域の政府によって明確に示され始めている。

実用化の時期は国家戦略と相まって確実に前倒しされている

 量子コンピューターは「0」と「1」を重ね合わせて処理できる量子ビットを用いる計算機である。並列性が効果を発揮する問題では、従来型の現行コンピューターを大きく上回る計算性能(量子優位性)が期待される。

 ただし、あらゆる計算が速くなるわけではない。量子コンピューターが得意な計算処理と従来型コンピューターが適した処理を分担し、両者を組み合わせたシステムとして実装される点は、経営層が押さえておくべき認識の基本である。

 量子コンピューターの実用化の時期は確実に前倒しされつつある。そうした認識を裏付けるように、2026年1月に米ラスベガスで開催された世界最大級の技術展示会「CES 2026」では、AI(人工知能)技術と並んで量子コンピューティングが主要テーマの1つとして取り上げられた。

 セッションに登壇した量子コンピューティング関連スタートアップの幹部は「従来50年ほどかかると思われていたことが5年で達成できている」と開発の加速を語った。量子技術が2040年に135兆~300兆円規模の経済的なインパクトをもたらすとの予測も紹介された。

 量子技術の開発が加速している背景には、国家・企業による積極的な投資がある。米国の「国家量子イニシアチブ再認可法案」には、5年間で27億ドル(約4300億円)規模の研究開発支援が含まれる。英国は2024年からの10年間で25億ポンド(約5300億円)を追加で投じる国家戦略を掲げる。中国も、支出範囲や実額には不透明さが残るものの、量子技術への公的投資が約153億ドル(約2兆4500億円)に上るとの民間推計がある。

 日本も2020年度からの5年間で3300億円を投じ、2030年に量子技術の利用者1000万人、量子技術による生産額を50兆円規模にするといった目標を掲げている。量子はすでに、経済安全保障上の重要技術として国家戦略に組み込まれた技術領域である。

 量子コンピューターは長らく「将来の革新的技術」として語られてきた。そのためか筆者が企業と議論していても「量子コンピューターは、まだ遠い未来なので検討は不要」や「量子コンピューターを導入すれば既存システムを置き換えられる」といった誤解に接することが少なくない。

 しかし企業にとって重要なのは、量子コンピューターが「いつ実用化されるか」を正確に予測することではない。実用化の時期が前倒しになった時に、自社が量子コンピューターにより事業機会を捉えられる状態にあるか、そして既存の暗号資産を守れる状態にあるかを整理し、中長期の準備を始めることである。

量子コンピューティングを俯瞰するための“攻め”と“守り”の視点

 企業の視点で量子コンピューティングを整理すると、押さえるべきトピックは(1)量子アニーリング、(2)ゲート型量子コンピューター、(3)耐量子セキュリティ対応の3つに分けられる(図1)。

図1:量子コンピューティングを企業視点で俯瞰するための3つの主要トピック

量子アニーリング

 組み合わせ最適化問題に特化した計算方式である。そのために必要なハードウェアは既に比較的成熟しており、一部で実用化が始まっている。日本でも産業ごとのユースケースが着実に増えてきている。通信事業者による基地局のエリア最適化のほか、物流の配送最適化によるトラック台数削減とCO2排出量の削減、航空機整備計画の自動策定、テレビコマーシャル枠の割り付け最適化、鉄道車両の運用最適化などだ。

ゲート型量子コンピューター

 将来的な汎用量子コンピューターの中心的な計算方式と位置付けられている。だが現在は、量子誤り訂正を本格的に実行できない「NISQ(Noisy intermediate-Scale Quantum:ノイズの多い中規模量子コンピューター)」の段階にあり、研究開発とPoC(Proof of Concept:概念実証)が中心である。

 今後、量子誤り耐性を備えた「FTQC(Fault-Tolerant Quantum Computer:誤り耐性量子コンピューター)」が実現すれば、条件によっては研究開発の期間やコストを大幅に削減する可能性がある。例えば、材料開発における計算コストは現状の100分の1から1000分の1への低減、創薬候補探索における実験点数の5分の1から20分の1への削減などが期待されている。

耐量子セキュリティ対応

 量子コンピューターの計算能力は、現在主流の公開鍵暗号方式を無効化するリスクと表裏一体である。その対策として「PQC(Post-Quantum Cryptography:耐量子計算機暗号)」への移行が世界的な課題になっている。

 量子アニーリングとゲート型量子コンピューターという“攻め”に加え、耐量子セキュリティ対応という“守り”の3点セットで自社への影響を俯瞰することが、量子戦略の出発点になる。