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”つながる”時代に自動車産業が目指すべきデジタル変革とは

PwCコンサルティング パートナー 川原 英司 氏

指田 昌夫(フリーランス ライター)
2020年12月11日

業界内の人ほど「EVは簡単に作れる」と思っている

――EVは、ガソリン車よりも構造が簡単になるなど「車の家電化」とも言われています。日本の自動車メーカーが持つ、ものづくりの優位性が意味を持たなくなることはありませんか。

 スタンドアロンの車だけを見ると、参入する企業が増え競争が激化することは間違いありません。ただし、中国メーカーが量産でつまずいているように、EVといっても、その製造はそう簡単ではないという側面もあります。

 面白いのは、既存の自動車業界の中の人ほど「EVは簡単に作れる」と思っていることです。これは実際に車を作るインフラを持っているからそう言えるのですが、一から生産設備を整えていこうとすると、いかにEVといえどもハードルは高くなります。

 部品点数が少なくても、サプライチェーンを整え、すべてのパーツをラインに揃えておくことや、1つひとつのパーツの品質を維持するなどの体制づくりは必要です。その点では、既存メーカーはEVを作る場合でも一定の競争力を維持できると思います。

 ただEV単品を作れるだけでは、いずれはコモディティ化して競争力がなくなります。付加価値を出す主戦場は、やはりコネクテッドの部分です。そこで、どう戦うのかが戦略上最重要になります。

 自社でプラットフォームを作ってもいいのですが、既存メーカーも初めて挑む領域だけに、新規参入企業と条件は同じです。より厳しい競争になります。

――日本企業がプラットフォーマーとして成功した例はあまり見ません。

 単にプラットフォームを広げて、「あとはご自由に」では、誰も使ってくれません。大事なのは、プラットフォームの価値を含めて参加企業に提供することです。

 具体的には「うちのプラットフォームでは、こういうデータが提供できるので、それを元にこんなサービスが開発できます」というようにデータや開発環境をセットで提供し、場合によっては使い方までサポートするぐらいのアピールをしなければ、参加企業は増えないでしょう。

 モビリティの分野は、ハードウェアとソフトウェアの両面があるので、プラットフォームと言っても色々な考え方ができます。

 例えば、車を作る素材や部品において、重要な部分で圧倒的な強みを提供し標準的な存在になれば、それがプラットフォームになります。それを私は「アナログプラットフォーム」と呼んでいるのですが、日本のメーカーには期待できると思います。

 モビリティ事業を始める企業は、アナログプラットフォームにある素材や部品を使うことが最も合理的で、わざわざ別のものを使う意味がなくなります。例えば、これからのモビリティに不可欠なセンサーや、ボディ素材、モーター材料など、強みを発揮できる部分は多いと思います。

 つまり、「これ」さえ使えば誰でもできるが、「これ」がなければ誰もできないというときの「これ」、すなわちコンポーネントを提供するプレーヤーになることです。これは「オープン&クローズ戦略」とも呼ばれます。

 標準的なコンポーネントを作り続けるというのは、実はかなり難しい挑戦だと思います。簡単に言うと、耐久性があって品質が安定していて、かつコストも安いということになりますが、特にソフトウェアの急速な進化に追従できるハードウェアを提供するのは、日本メーカーの作り込みの技術を生かせる部分でしょう。

 日本の自動車産業は、これまで特定のOEM(車両メーカー)に依存した、狭い世界だけを見てきました。しかし、これからは発想を変えて、今後のCASE時代に自社の強みがどこで生かせるかを考え、ターゲットを決めて、そこを突破するための投資をしていくべきです。

 リスクを取らず中途半端な立ち回りでは、アナログプラットフォームを別の企業に作られてしまい、それまでです。

 過去の例を挙げると、EVのバッテリーは、初期の頃は日本メーカーの存在感が突出していました。ですが、売れる市場がないうちは大規模な投資ができないとためらっているうちに、先行投資した韓国や中国の企業に牙城を奪われていきました。

 モビリティの新しい変化はこれから起きるので、既存の事業が元気なうちから覚悟を決めて先行投資をしていくべきです。

――新型コロナによって、世界中で人の移動が途絶えました。経験したことがない事態です。この影響で、モビリティに関する新しい考え方やサービスの芽は出ているのでしょうか。

 リモートワークやオンラインのコミュニケーションは、従来から技術的には確立していました。それがコロナによって、ある意味極端に使われているというのが現状でしょう。今後、リアルの活動は少しずつ戻ってくると思います。

 ですが、コロナ前の状態に100%戻るとも思いません。例えば、満員電車による通勤や、車の渋滞など、従来から“いやなモビリティ”と思われていたものは、これを機に縮小していき、「せっかく移動するなら、その行程や目的が楽しめる、意味があるものにしよう」という動きが出てくるでしょう。ここに、新しいモビリティサービスのヒントがあると思います。

 コロナでEC(電子商取引)やデリバリーも増加しました。物流に関しても、さらに効率化が図られる可能性があります。

 現在のシステムは「ハブ&スポーク」といって荷物を中央に集めて、そこから物流網に載せています。これが、スポークの末端から別の末端に直送したほうが最短距離になる場合もあります。物流企業がプラットフォームをオープンにするか、新しいプラットフォームができれば、荷物同士のマッチングを図るサービスを提供する事業者が出てくる可能性があります。

 新しいサービスが定着するためには、それに合わせたハードウェアが普及しなければなりません。サービスと機械のイノベーションが同時に起こることで、モビリティの進化が進むと思います。