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帳票は重要な顧客接点、デジタル化が新たな顧客体験を生み出す

イスラエルEasySend CEO タル・ダスカル 氏

佐久間 太郎(DIGITAL X 編集部)
2022年8月5日

小さな課題解決を重ねることがDXへの近道になる

――日本企業において業務のデジタル化に時間がかかる理由を、どう見ているか。

 日本のデジタルトランスフォーメーション(DX)においては、いわゆる「DX推進室」といった部門が設けられていることが多い。このDX推進室がまず、デジタル変革の意味や価値を理解するための時間が必要にある。その後にDX推進室が、社内で口座開設や請求処理に当たっている個々の部門に対しデジタル変革の価値を解いていき、部門が理解・納得して初めて具体的なプロジェクトが始動する。こうした構図が実行までの時間を長引かせているのではないか。

写真:EasySendの創業メンバーでCEO(最高経営責任者)であるタル・ダスカル(Tal Daskal)氏

――海外の顧客では、誰がリーダーシップを持ってDXを進展させているのか。

 アメリカの保険業界を例にとれば、3〜5年というスパンの中で、いくつかのステップごとに達成するべき明確なゴールを設定している。最終的な意思決定者はCDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)であり、その決定の下、CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)とCTO(Chief Technical Officer:最高技術責任者)が、それぞれの責任範囲で采配を奮っている。

 当社が相談を受ける際には大抵の場合、ゴール設定に合わせたRFI(Request For Information:情報提供依頼書)やRFP(Request for Proposal:提案依頼書)が用意されている。

――海外のCDOたちがEasySendを使って何を実現しようとしているのか。

 1つは、デジタル化のためのコストを抑えることだ。以前は、まずはDXを進めることが最優先だったが、コロナ禍によりデジタル化の対象が広がったことでコスト抑制という命題が顕在化した。

 今後に向けては、Z世代などインターネットやスマートフォンが当たり前の若い世代を対象にしたビジネスモデルの構築が大きなテーマになっている。彼らが主要な顧客層になり切る前にデジタル化を完了しておく必要があるためだ。スマホ用のモバイルアプリケーションが主流になるなかで、オペレーションの無駄をできるだけ排除しようという試みが一層重要になってくる。

 いくつかの企業では、ノーコード/ローコードの開発・実行基盤を使って新たなビジネスプロセスを開発するという長期的かつ戦略的な目標を掲げている。

――ノーコード/ローコードの開発・実行基盤を使った内製化のイメージ化と思うが、日本企業は自社内に多くのITエンジニアを抱えていない。海外では誰が実際に開発に取り組んでいるのか。

 EasySendを使う開発者は大きく3つに分けられる、(1)当社のプロフェッショナルサービスを提供する当社の開発者、(2)当社パートナー企業の開発者、(3)顧客自身の開発者だ。

 (3)の顧客自身が開発するケースでは、口座開設など比較的シンプルな業務であればビジネス部門主導で始められる。だが、住宅ローンなどバックエンドのシステムと密に連携しなければならない業務では、IT部門の関与が欠かせない。

 多くのケースでは、最初はビジネス部門主導でアプリケーションが開発・リリースされる。そのアプリが社内に広まっていくと、保守や改善を担当するチームや組織が新たに作られる。そして、そのチームや組織を中心にIT部門を含めた協力体制ができあがる。

――ところで、これまでの話を聞くとEasySendの顧客は、大手の既存企業が中心にみえる。彼らをディスラプション(破壊)するようなスタートアップ企業は対象外か。

 既存企業かスタートアップかは関係がない。デジタル技術を使って顧客接点を確立することは、どの企業にも共通である。全く新しい仕組みを作る場合にもノーコード/ローコードの開発・実行基盤は有効だ。

 ノーコード/ローコードの開発・実行基盤のメリットとしては良く、オペレーションコストの削減と、サービス投入までの時間短縮が挙げられる。だが今後は、顧客接点を設計する担当者に対し、データに基づくインサイト(洞察)を提供できる点が、より重要視されていくだろう。

 データに基づくインサイトとは、氏名・住所といった個人情報ではなく、デジタル化した業務プロセスにおいて消費者が画面上のどこで滞留したか、入力項目にどのような順番で答えたかといったリアクションを差している。

 消費者のリアクションに基づくフィードバックにより、当社にはさまざまな知見が溜まっていく。その知見を元に顧客には、デジタルな業務プロセスに対する改善策をアドバイスし始めている。将来的には、AI(人工知能)やML(Machine Learning:機械学習)といった技術により、自動的にリコメンドする仕組みを提供できるようになるだろう。

――顧客接点に向けたデジタル技術は、例えばメタバースなどアップデートが続いている。EasySendには今後、どのような機能が必要になると考えているか。

 当社の開発方針は今後も大きく変わることはないだろう。なぜなら5年前、10年前に考えていた2022年の世界感は、まだまだ実現できていないからだ。むしろ重要なのは、デジタル化されたプロセスが、今もなぜ実現できていないのか、どうすれば実現できるのかを顧客を一緒に考えることである。

 例えば、米テスラは新車の販売プロセスすべてをリモートで完結できるようにしている。だが自動車業界においても、そこまで実現できていない企業は少なくない。こうした取り組みを支援していきながら新しいユースケースを開拓する。とにかく紙をなくし、デジタル化した世界においてワークフローが完結できるような解を見つけていきたい。

 並行してフロントエンドから集まる多くのデータから得られるインサイトをバックエンドのシステムとも連携し、その分析や活用ができるための仕組みの整備に取り組んでいく。

――そうしたデジタル化に日本企業が取り組むには、どのように進めれば良いだろうか。

 まずは目の前にある小さな課題をデジタルで解決し、そこから得られた知見や利益を具体化することだ。それを抽象化できれば、新たな目標を掲げることが容易になる。デジタル化によって達成すべき将来像は"大きく"考える必要があるが、"小さな"スタートを速く始めることをお薦めしたい。