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ソフトウェアがCXを決める時代の法令順守とアジャイル開発をALMで支える

米PTC シニアバイスプレジデント ALM事業担当ゼネラルマネージャーのクリストフ・ブレイジャル氏

佐久間 太郎(DIGITAL X 編集部)
2023年8月22日

3D(3 次元)CAD(コンピューターによる設計)ツールなどを開発・販売する米PTCは、自動車産業などにおけるソフトウェア開発に対しALM(Application Lifecycle Management:アプリケーションライフサイクル管理)ソフトウェア「Codebeamer」を提供している。同社シニアバイスプレジデントでALM事業担当ゼネラルマネージャーのクリストフ・ブレイジャル(Christoph Braeuchle)氏に自動車産業におけるソフトウェア開発の動向と課題を聞いた。

――自動車業界が直面している課題は何か。

 あらゆる変化への対応スピードが求められていることであり、そのためにソフトウェアの重要性が高まっていることだ。製造業は今、サプライチェーンの再構築、規制やガイドラインへの適合、顧客ニーズの多様化など多くの変化に直面している。これらに対応し、必要な機能やサービスを製品に素早く追加するためにはソフトウェアが欠かせなくなっている。

写真:米PTC シニアバイスプレジデント ALM事業担当 ゼネラルマネージャーのクリストフ・ブレイジャル(Christoph Braeuchle)氏

 現に、ソフトウェアが製品の顧客体験(CX:Custmer Experience)を定義し、より良い顧客体験の提供が企業により多くの売り上げをもたらしている。それは同時に、より多くの製品を生み出す原動力でもある。市場や顧客のニーズから、かけ離れてしまえば、もはや、その変化に追随できない。

 例えば、独フォルクスワーゲン(Volkswagen)は当社の顧客企業の1社だが、同社の最新SUV(スポーツユーティリティビークル)の「ID.4」は、完全にソフトウェアによって定義されているEV(電気自動車)だ。機能性はソフトウェアが中心となって担い、それをハードウェアが機械的・電気的にサポートしている。

 製品におけるソフトウェアの重要性が高まれば高まるほど、ソフトウェアの変更・追加などが、どのような影響を与えるかも迅速にとらえなければならない。そのためには、ハードウェアとソフトウェアを一体として、要件定義からテストまで管理する必要がある。そうしたソフトウェアの変更や製品への影響を追跡するための仕組みがALM(Application Lifecycle Managemnet:アプリケーションライフサイクル管理)だ。

――ソフトウェアの重要性が増すなか、自動車業界は、ソフトウェア開発に、どのように取り組もうとしているのか。

 自動車業界では、プラットフォーム化や部品のモジュール化などハードウェアの共通化・再利用(Reuse)化を進めてきた。それが今は、ソフトウェア部品や電子設計を再利用する動きを広げている。冒頭で指摘したように製造業は今、対応スピードの向上が求められており、市場投入までの時間がとにかく早まっているからだ。

 フォルクスワーゲングループは、独アウディ、独ポルシェ、チェコのシュコダ・オートなど複数のブランドを持っており、それら異なるブランド間で、より多くの技術の再利用を検討している。例えば、自律走行システムでは、特定の機能の依存関係を把握することで、開発コードを他の成果物にも応用できるようになる。

 もう1つの動きとして、アジャイル(俊敏)開発の手法をハードウェア領域やビジネス領域にまで拡張することがある。アジャイル開発はこれまで、主にアプリケーションソフトウェアの領域で採用され、ハードウェアや組み込みソフトウェアなど、機能安全を最優先事項に位置付ける開発には適さないと考えられていた。プロジェクトによっては大規模アジャイルのための手法であるスケールドアジャイルが採用され始めている。

 スケールドアジャイルの手法をいきなり全社導入するのはハードルが高いため、一部のビジネスユニットや地域で、その有効性を実証した後に大規模に広げていく。フォルクスワーゲンのような欧州企業は、スケールドアジャイルへの移行を取締役会レベルで決定している。日本ではまだ大規模アジャイルへの移行は見られないが、今後数年のうちに大きな変化が起こると確信している。

――PTCのALMソフトウェア「Codebeamer」が自動車業界に受け入れられているのはなぜか。

 自動車業界特有とも言える課題は、ソフトウェアにまつわるすべての監査情報を1つの環境で、1つのユーザーインタフェースから、1つのレポートにまとめたいということだ。

 特に引き合いが多いのがコンプライアンス(法令遵守)対応だ。自動車に搭載するデバイスに対しては、その使用の定義から製品リリースまでを規定する国際標準「ISO 26262」が10年以上前から規定され、その遵守が求められている。フォルクスワーゲンなどの大手は、同業の独BMWや半導体ベンダーの米クアルコムなどとコンソーシアムを組んで法令遵守に努めている。

 一方、車載ソフトウェアの開発プロセスに対しては、業界標準のフレームワーク「Automotive SPICE」が定められている。そのためISO 26262とAutomotive SPICEを組み合わた開発を、法令遵守とトレーサビリティの両面から支援できるツールが求められる。

 当社はCodebeamer(独Intland製)を2022年に買収し、PLM(Product Lifecycle Management:製品ライフサイクル管理)ソフトウェアの「Windchill」と連携させることで、ソフトウェアとハードウェアを相互に管理できるようにすることで、上記ニーズに応えたことが採用につながっている。

 Codebeamerでは、ISO 26262とAutomotive SPICEなどに沿って、データプロセスやデータモデルを扱うためのテンプレートを用意している。そのテンプレートを複数のビジネスユニットや部門に適用するための機能も提供する。あるテンプレートを使ってプロジェクトを始動した後、他のテンプレートから必要な機能を追加することも可能だ。大規模開発に向けたスケールドアジャイル手法を導入するためのテンプレートもある。

 また、完成車メーカーのOEM(Original Equipment Manufacturing)と、部品メーカーなど外部サプライヤーとが協同で開発を進めるコラボレーションの必要性も高まっていることもある。協同開発では、意図しない情報が漏れるリスクを排除する必要がある。そのためIP(インターネットプロトコル)やアクセス管理などのセキュリティを徹底し、クラウド環境で利用できるWebベースのALMソフトウェアが重要になっている。

――自動車業界以外のALMへのニーズはどうか。

 現在ドイツでは、自動車業界ほどではないが、産業用オートメーション分野、特に半導体設計と組み合わせたサプライチェーンからの引き合いが増えている。医療機器や航空電子機器の領域でも採用が急速に進んでいると感じている。

 これらの領域に共通する顧客ニーズは、「製品イノベーションを完全自動化したい」という点にある。この自動化に対しALMは、ソフトウェアの継続的なインテグレーションとデプロイメントを可能にし、組織全体がコミュニケーションを図るための基盤としての役割を担っていくだろう。