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AIで学習するガスセンサーが切り拓くIoTの新しい世界
システムに“嗅覚”を与えるボッシュ センサーテックの「BME688」
眼の前にあるモノの臭いを学習し違いを検知
ガスの臭いを学習できるBME688では、特定のガスを検出できるセンサーと違って、どんな測定が可能になるのだろうか。デモンストレーションの一例を紹介しよう。
最初のデモンストレーションで用意されたのは、ビールとウイスキーとコーヒー豆の3種。これら3種の臭いをBME688は、高い精度で検知し正しく嗅ぎ分けた(写真3)。
次に用意されたのは、銘柄が異なる2種類のウイスキーとジン。このデモンストレーションでもBME688は、ウイスキーとジンの違いだけでなく、ウイスキーの銘柄の違いを検知した(写真4)。
さらに2種類のウイスキーとジンのそれぞれ同じ空間に酢を置いた場合でも、2類のウイスキーとジンの違いを正しく検知した(写真5)。酢は刺激臭が強く、人間であれば、その強い酢の臭いで嗅覚が麻痺してしまい、ほのかなウイスキーの銘柄の違いまでは嗅ぎ分けられないかもしれない。
BME688の学習機能では、これらデモンストレーションで示した酒類だけでなく、コーヒー豆やチーズの種類といった食べ物の違いの判断はもとより、各種香料が発する香りや有害物質の臭いの検知など様々な用途に利用できるという。
この特徴を日吉氏は、「多くのガスセンサーは特定のガスを検知するために開発されています。BME688なら、既に成分など特徴が分かっているガスだけでなく、実物を元にその成分を学習することで検知可能になります。私たちが普段、臭いを感じ取っているのと同じように利用できるのです」と説明する。
ガスの含有物質によって異なる抵抗値の変化パターンを学習
では、なぜBME688は多様な臭いの違いを検出できるのだろうか。
ガスセンサーの原理には、化学反応による電圧の変化を利用するものやガスの燃焼による発熱量を利用するもの、赤外線を利用するものなどがある。BME688は、半導体の特性を利用して化学反応による抵抗値の変化を測定する仕組みのセンサーだ。
具体的には、センサー内部にある酸化メタルの表面にガスが吸着した際に「ショットキー障壁」と呼ばれる半導体と金属の接合面で起こる抵抗値の変化を計測している。このとき、酸化メタルを温めるヒーターの温度を変えると、ガスの種類によって、それぞれの温度変化に合わせて変わる抵抗値のパターンが違ってくる。その抵抗値の変化パターンからガスの種類を特定する。
この仕組みを使って、特定のガスが持つ抵抗値の変化パターンを学習すれば、目的のガス、つまりデモンストレーションの例でいえば、ビールとウイスキーの違いや、ウイスキー銘柄の違い、酢の臭いが混在している中でのウイスキーの検知などが可能になるというわけだ。
臭いの学習時には、学習用の専用デバイスと専用ソフトウェアの「BME AI-Studio」を利用する。まず専用デバイスを使って学習用データを収集する。検出したい対象のガスがない状態(普通の空気)でのセンシングと、検知したいガスのセンシングとを交互に繰り返していく。
1回のセンシングに必要な時間は最短で10秒ほどだ。その間にガスの検出部である酸化メタルの温度を変化させながら、センシングしているガスに固有の抵抗値の変化を記録する。取得したデータをBME AI-Studioに取り込んで学習させる。
ボッシュ センサーテック ジャパンのアプリケーション エンジニアリングマネージャーの宮地 浩輔 氏は学習の仕組みを、「センサーが検知する抵抗値は、ガスの含有物質の種類と酸化メタルの温度によって違いが生じます。温度を変えながら抵抗値の変化を記録し、それをグラフ上で点の集合として捉えることで、普通の空気の集合と照らし合わせながら判定のためのアルゴリズムを生成しています」と説明する。
完成した学習済みモデルをBME688に取り込ませることで、目的のガスを検知できるセンサーとして機能するようになる。「複数の臭い物質が混在すれば、グラフ上に生じる点の集合もそれだけ大きく、かつ複雑な形になります。その中から事前学習した集合のパターンを見いだすことで、対象にしているガスの存在を検出できるのです」(宮地氏)
様々なガスに対する検知精度を高めるために、BME688では酸化メタルを熱するヒーターの温度を変化させるパターンを17種類用意している。学習時には、この温度変化のパターンも切り替えながら、モデル作成と検証を繰り返して精度を高めていく。
「検出が難しいガスも確かに存在します。ですがヒーターの温度変化パターンを含め、『チューニングを繰り返すことで最終的には、どのような臭いであっても検出できる』というのが実際にBME688を使った各種実験を繰り返してきた担当者としての正直な実感です」と宮地氏は胸を張る。