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急進する中国発の生成AI、日本企業の選択肢になるか

NRI未来創発センター エキスパートコンサルタントの李 智慧 氏

田中 克己(ITジャーナリスト)
2023年8月8日

世界に先駆けてAI規制を開始

 AIリスクの対応にも取り組む。効率化による雇用への影響といった社会リスク、個人情報の漏えいなどの違法リスク、偏見や差別情報の拡散など技術リスクなどが対象だ。いずれも世界共通に課題だが、中国では問題がすでに顕在化している。

 李氏によれば、例えば広州市のゲーム外注会社が2023年初めにAI技術を活用し始め、原画チームの人員の3分の2を削減した。福州市の某企業代表は、AI技術を使った詐欺で420万元(8190万円)をだまし取られた。犯人は音声と顔に関するAI技術を使って代表の知人に成りすまし、借金を依頼。その代表は本人確認したつもりで送金してしまった。

 そうした中、中国は世界に先駆けてAI規制を導入した。中国国家インターネット情報弁公室等中央7省庁が2023年7月10日に発表した「生成AIサービス管理暫定弁法」が、それだ(図5)。

図5:「生成AIサービス管理暫定弁法」の概要

 同法では、知的財産の尊重、不当競争の禁止、自分だけの優位性利用の禁止、データの差別利用の禁止、他人になりすまし個人の肖像権侵害など、提供者側の義務を明記する。だが李氏は、「2023年4月に発表した当該暫定弁法の意見招集版に比べ、ガバナンスのトーンを弱め、生成AI技術の発展と安全が同じく重要だと明記している」と説明する。

 特に「中国政府が同法の名称に“暫定”とつけたことがミソだ」と李氏は指摘する。つまり、「AI開発は発展途上にあるため柔軟に変更できる規制にした」(李氏)ということだ。生成AIについては、「寛容的かつ慎重な分類・等級付け監督の実施を明記するなど、規制と産業促進のバランスを図っている」(同)ともいう。

日本企業の利用はデータの越境が発生ないことが前提か

 生成AI産業について中国は、「水平分散型の発展を描いている」と李氏は説明する(図6)。具体的には、川上のクリエーターやデータ提供者、基盤ツールなど生成AI技術をサポートする低コストの労働集約型エンジニアを育て、川中の大規模言語モデルなどを開発するメガテック企業を支援し、川下のコンテンツ作成やコンテンツ配布・審査といった産業との融合を図ることで、産業全体の生産性向上とスマート化を推進する。

図6:中国は生成AI産業の水辺分散型の発展を描いている

 中国の生成AI関連企業のマネタイズ策は、OpenAI同様に3つあるという。(1)医療や教育などの利用企業からのAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)利用料、(2)地図など既存サービスに組み込む際の利用料、(3)大規模言語モデルなどサービス自身の使用料である。李氏は「API利用による収益がカギ」と推測する。

 海外展開による収益拡大も考えられるが、李氏は「ハードルが高い」とみる。特にデータの安全性への懸念がある。ただ米国製品に比べて安価なため、中国のEC事業者などが採用し、彼らを通じてのアジア圏での利用拡大が見込まれる。

 だが、実績がまだ少ない。日本では、中国生成AIの実績も詳しい情報も限られる。李氏は「現時点では中国国内での応用が中心だ。日本市場に向けて開発されている事例は少ない。日本企業は、生成AI分野での中国企業との連携については、経済安保など日本の法規制に配慮する必要もある」と指摘する。

 そのうえで、「データの越境が発生しない前提で、ECなど中国の得意分野やコスト競争力などの要素から、選択肢の1つとして考えられる。中国生成AIの動向を注視することを薦めたい」と李氏は助言した。