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IT/デジタル担当が“魅力ある仕事”でなければ人材不足は解消しない、ガートナーの一志アナリスト

田中 克己(IT産業ジャーナリスト)
2024年9月11日

IT/デジタル部門は必要な人材像と人数を自ら考えているか

 従業員エンゲージメントを高め人材定着率の向上を図る企業もある(図2)。ITマネジメント調査によると、「フレキシブルな勤務時間」や「リモートワーク」を採用する企業は半数を超えており、働き方の自由度は高くなっている。「週休3日制」も1年以内に採用する企業を含めれば約4割にもなる。

図2:従業員の定着率やエンゲージメントを高めるための施策(出所:Gartner 2024年 ITマネジメント調査)

 ところが「強制的なジョブ・ローテーションの廃止」や「転勤や単身赴任の廃止」は3割程度である。リモートワークが広がるなか、オフィスへの出社要請はもとより転勤は退職の理由になる。こうした状況が、システム開発などの内製化をますます難しいものにする。

 人材を採用したいライバル会社は数多くある。黙っていて優秀な人材が集まるわけはない。人材紹介会社に依頼しても、優秀な人材が応募してくれるとは限らない。そもそもIT/デジタル人材のトッププレーヤーは、人材登録しなくてもオファがどんどん舞い込む。一志氏は、「『人が足りない』と、いくら言っても拉致は空かない。自社のビジネス戦略やIT/デジタル活用の方向性を示したうえで『こんなスキルの人が、いつまでに何人必要になる』と明確にするべきだ」と提案する。

 例えば小売業であれば、新店舗を出すのか、店舗内にイートインを設けるかでも必要な人材は異なる。IT/デジタル部門においても、クラウドを導入するのか、カスタム開発からSaaS(Software as a Service)の利用に切り替えるのか、あるいは新しいITサービスの開発なのかなどで、必要な人材と人数は変わってくる。これに対し一志氏は、「あくまでも推測だが」と断ったうえで、「IT/デジタル部門はこれまで、どんな人材が何人いるのかを自ら考えたことがあったのだろうか」と問い掛ける。

 従来、ITベンダーなど外部への依存率が高いIT部門であっても、それなりの仕事があり、それほど高い専門性を求められてこなかったかもしれない。それがDXへの取り組みやAI技術などがビジネスを取り巻く環境を一変させたことで、外部頼りのIT部門は、どうすれば良いのかが分からなくなっているという。

 中には、「『人材スキルマップを作り、人材を育てれば良い』と踊らされているような安易なIT部門長もいる」との声も聞こえてくる。そうしたIT部門長は、「雑誌で読んだ」「ITベンダーがこんなことを言っている」など自らが考える力を失ってしまっているのだ。

 経営者の問題もある。ビジネスにITやデジタル技術を取り込むことは最早、不可欠にもかかわらず、未だにITやデジタルのスキルがない経営者が少なくない。一志氏は、「ITやデジタルを分かった人が社長になる。これからの時代は、そうあるべきだ」と示唆する。経営会議において「出席しているIT/デジタル担当役員と意見を述べ合えるだけのスキルが求められる」(同)

IT/デジタルの職場を“ワクワク”する職場にすることが起点に

 そうした中、伝統的な大企業はオープンイノベーション(共創)を掲げ、スタートアップの技術やサービス、知恵を取り込もうとしている。だがそれも、改善・改良にとどまっており、変革と呼べるほど大きな変化は生んでいない。確かに、1万人規模の企業がビジネスモデルを根底から変えるのは難しいだろう。皮肉にもオープンイノベーションが新陳代謝を阻んでいるようにもみえる。

 一志 氏は、「(DXやオープンイノベーションの推進部隊などを)スピンアウトさせ、新しい制度やオペレーションを運営する『2.0』を創ること」を提案する。2.0では「小さなビジネスを志向するのではなく、本丸のビジネスの革新・大成長を目指す」(同)。先進テクノロジーを駆使するために外部から専門人材を登用もする。

 インドやベトナムなど海外のIT/デジタル人材を採用する企業も増えている。調査では13%が「外国籍のIT専門人材を採用」と答えた。一志氏によると、横河電機などIT部門をグローバルな組織にし、公用語を英語にする企業もある。給与など待遇に問題があれば、ニトリのように別会社を立ち上げ出向させる手もあるだろう。

 こうした取り組みは小売業が先行している。生き残りを掛けた競争が激化しているからだ。製造業においては一部に、「品質が高いモノを低コストで作る」ことが、まだ幅を効かせているのではないか。IT/デジタルの活用もコスト削減や効率化にとどまるように見えるのは、危機感の違いの表れだと言える。

 本当に必要な人材を得たいのであれば、既存勢力の抵抗にあっても、経営者は「熱い情熱をもって『俺と一緒に変えてほしい』」とビジネス変革に取り組む必要がある。「DX戦略のリーダーがほしい」と口先だけのことをいくら言ってもだめだ。

 そのうえでIT/デジタル部門は、自社の経営戦略を理解し、その実現に向けて「IT/デジタル活用によって自分たちがしたいこと」を内外部に説明し、人材を惹きつけられるだけの魅力を発信できなければならない。給与を上げるだけではだめだ。人は給与だけで動くわけではなく、魅力があり、ワクワクしたり成長が報われたりするならば「挑戦してみよう」となるのだろう。つまりIT/デジタルの職場を「魅力ある“ワクワク”する職場」にする必要がある。そこから人材不足の解消が始まるのではないだろうか。

田中 克己(たなか・かつみ)

IT産業ジャーナリスト 兼 一般社団法人ITビジネス研究会代表理事。日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任。2010年1月にフリーのIT産業ジャーナリストに。2004〜2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。2012年10月からITビジネス研究会代表理事も務める。40年にわたりIT産業の動向をウォッチしている。主な著書に『IT産業崩壊の危機』『IT産業再生の針路』(日経BP社)、『2020年 ITがひろげる未来の可能性』(日経BPコンサルティング、監修)などがある。