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世界最先端を目指す中国の人型ロボット産業、失敗許容の育成策や国内大学での人材育成で推進
オープンコミュニティの拡大やロボット専攻学部の新設も
人型ロボット産業の発展には、オープンコミュニティも重要な役割を果たす。例えば、産学官が共同し「上海人型ロボット・イノベーションセンター」が設立され、共通基盤技術の開発など「1社だけではできないこと」に取り組む。産業の集積エリアを建設し、アジャル開発による開発スピード向上も図る。
北京亦荘には約300社のロボット製造の川上から川下までのエコシステムを形成する企業を集める。2027年までに9つの代表的なユースケースを創り上げ、人型ロボットの実証実験プロジェクトを実施する。域外に出なくても、研究開発から製造、トレーニング、テスト、応用までをパートナーとの協業で実行できるようにする。病院や学校、コミュニティなどの公共施設を実験場にデータの収集も図る。
人型ロボットのトレーニング用データに関しては、例えば自動車メーカー10数社の実習訓練を実施する。地方公共機関のオープンデータや、気象・交通・地図などの公共データと、企業データの融合も推進する。インフラ整備も進んでおり、国が主導する8つの巨大データセンターハブの計算能力規模は170エクサFLOPS(毎秒100京計算)に達しているという。
人材育成にも力を注ぐ。とくに世界一流と言われる大学がAI技術やロボット関連の専攻を相次いで開設する。李氏が調べた中国央視網の『大学学部専攻見直し』などによれば、過去5年間に41校がスマート製造工学や集積回路設計・集積システム、ロボット工学などを新設する。ロボット関連を専攻する学生数は58万人を超え、世界全体の42%を占めるという。
その成果が人型ロボット企業の創業者から分かる(図6)。李氏は「これまでは、米シリコンバレーで学び、帰国して起業するというパターンだった。それが最近は、中国の大学で学び30代で起業するに変わってきた。世界のAI人材も、その半分は中国が占め、しかも中国ディープシークの創業者のように中国の大学出身が増えている」と説明する。
とはいえ「人型ロボットの商用化までの道のりは長く、企業の生存競争は厳しくなっている」(李氏)。多額な研究開発投資も不可欠だ。例えば、香港に上場するUBTECHの研究開発費は、2024年度に売上高の36.6%、に当たる4.78億元(約95億円)だった。李氏は「大きな負担になっているだろう」とみる。
そうした中、2024年7月には設立約12年のスマート清掃ロボットメーカーの広東宝楽ロボットが破産・再建を発表した。2025年初めには人型ロボットの達闥が資金調達に行き詰まり、経営危機に陥ったという。
もちろん人型ロボット市場の成長チャンスは大きい。製造業やサービス業などにおける人手不足は、ますます深刻化し、人型ロボットに工場の単純作業を任せたいというニーズは高まっている。失業を懸念する声もあるが李氏は「人型ロボットが新たな価値を創造し、新しい職種を生み出すなど職業体系を再構築する」とする。「若い人は単純作業をしたくない傾向もある」(同)
リスク許容や産業集積は日本のロボット産業育成の参考に
中国の人型ロボット産業の育成策は日本にとっても参考にもなる。そのポイントとして李氏は次の3つを挙げる。
● リスク許容メカニズム :失敗しても再挑戦できる環境を整える
● 産業の集積 :同じエリアに関連する企業を集め、開発から応用までのアジャイル開発を実現させる
● トレーニング用データの整備 :ゼロから開発やデータ収集するのではなく、オープンソースデータやオープンソースプラットフォームを活用する。中国のデータ活用も考えられる
ほかにも、日本の介護現場への中国製人型ロボットの導入も有効とする。例えば中国の人型ロボットメーカーのFourierは上海国際医学センター・リハビリセンターと協力し、リハビリ治療の実証実験に取り組み、視覚・触覚センサーによる動作効果などを評価する。同社は3年以内に家庭用高齢者向け付き添いロボットを、5年以内には寝たきり高齢者の介護の一部を代替できるロボットを開発目標に据える。
先端技術分野での日中協業には壁があるものの、高齢者介護や工場、店舗などの人手不足の課題解決に向けた実証実験に取り組むという判断はあり得るだろう。
田中 克己(たなか・かつみ)
IT産業ジャーナリスト 兼 一般社団法人ITビジネス研究会代表理事。日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任。2010年1月にフリーのIT産業ジャーナリストに。2004〜2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。2012年10月からITビジネス研究会代表理事も務める。40年にわたりIT産業の動向をウォッチしている。主な著書に『IT産業崩壊の危機』『IT産業再生の針路』(日経BP社)、『2020年 ITがひろげる未来の可能性』(日経BPコンサルティング、監修)などがある。