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デジタル赤字の真因は海外依存、『デジタル経済レポート』のプロジェクトリーダーは解消への道筋を示せるか
日本が目指すのは韓国、イギリス、イスラエルのモデル
隠れたデジタル赤字もある。代表的な要因の1つが、製造業における競争領域がハードウエアからソフトウエア/サービスへのシフトである。例えば、内燃機関による自動車がEV(Electric Vehicle:電気自動車)になり、自動車メーカーがMaaS(Mobility as a Service:サービスとしての移動)ベンダーに変身していく。
そこでは、車に搭載する組み込みソフトの性能が売れ行きを左右し、それに関連するソフトウェアやミドルウェア、アプリを外資系に握られてしまえば、自動車や産業機器、通信機器のデジタル赤字が増え45兆円超にまで拡大する可能性があるという(図3)。津田氏は「悲観的な数字であり、デジタル赤字は各産業のデジタル化が進むほどに増え続けることになる」と警鐘を鳴らす。
興味深いことに「日本以外でデジタル赤字を問題視している国はない」(津田氏)。そこに黒字化のヒントがありそうだ。『デジタル経済レポート』によれば、例えばドイツのデジタル赤字は小さい。ドイツも自動車など製造業が強く日本に近い産業構造を持つが、資本・知識集約型の独SAPや独シーメンスなどグローバル展開するテックプレイヤーがおり「彼らがデジタル赤字を抑えている」(同)という。
しかし日本には、世界で戦えるIT企業がいない。ハイパースケーラーもいない。津田氏は「日本が目指すモデルは韓国、イギリス、イスラエルだ」とする。これら3カ国の共通点は、国内にはグローバルなテックプレイヤーはいないのに、デジタル収支は黒字を維持していることである。
それが可能なのは、グローバル市場に打って出ることを前提にプロダクトやサービスを開発・販売していることと、国内市場が小さく外資系からは“うまみがない市場”に映り、大きな資金を投入してまで市場開拓に乗り出してこないからだ。
ところが日本は中途半端に大きな市場規模があり、外資系は「日本は世界第2位の市場」と持ち上げ、日本のIT企業らを販売代理店にして顧客を開拓している。しかも、日本のIT企業は国内市場だけをターゲットにし、グローバル展開は視野にない。
にもかかわらず、米中並みのプロダクトや技術の高角化を進めている。スーパーコンピューターや量子コンピューター、AIなど多くの先端技術の研究開発に取り組むため、1つひとつのプロダクトやサービスへの投資額が小さくなり、次々に敗退していく。これはIT産業の歴史をみれば明らかだ。
業種別アプリやミドルウェア、外資がいないプラットフォーム領域が有望
津田氏は「最初からグローバルで戦おうとしなければ、デジタル市場では絶対に勝てない」と指摘する。単純に言えば、米国市場は日本の8.5倍の規模があり、売り上げを8.5倍伸ばせるチャンスがあるとの見方もできる。津田氏は「まずは受取額を増やすことが重要だ」とし、シェアを獲得できる可能性のある領域として、アプリケーションやミドルウェアと、海外プラットフォーム事業者が取り組んでいない領域のプラットフォームを挙げる。
アプリケーションとミドルウェアというのは、ERP(Enterprise Resource Planning:経営資源計画)などのソフトウェアではなく、例えば、世界市場で競争する製造業を対象にするような業種別SaaS(Software as a Service)である。SaaSを実現するためのデータベースエンジンやAI基盤、セキュリティ、開発環境といったミドルウェアも有力候補になる。
業種別で考えれば、物流業のマテハン機器や自動車用車載機器などに組み込むミドルウェアも対象になる。『デジタル経済レポート』は、グローバルに通用するミドルウェアに育つ可能性は十分にあると期待する。ただメーカー各社は、ミドルウェアを自社製品の機能強化のために開発しているため、その外出しは嫌がるかもしれない。
プラットフォームとしては、複数の企業がデータ活用に利用するためのデータ連携やシステム連携の領域が有望だ。デジタル社会の形成に向けて経産省が取り組む「ウラノス・エコシステムプロジェクト」では、IT企業やスタートアップらがデータ連携ソフトウェアの積極的に開発するよう、彼らのミドルウェアをグローバル展開のするための仕組みや体制作りを支援する。
粗利益の高いプラットフォームにはIaaS(Infrastructure as a Service)がある。だがIaaSはコモディティ(日用品)化が進み価格競争が激しく、日本が勝てる可能性は低い。国内市場規模も1兆円未満と、それほど大きくはない。ただオルタナティブ(代替)として国産育成はありなのだろう。
「日本のIT企業は今後、SIでは食えなくなる」(津田氏)。そのため上流コンサルティングに進出したり、自社プロダクトを持とうとしたりしている。だが、そこにAI革命が押し寄せ、開発業務の自動化でSIビジネスは破壊寸前にある。津田氏は「ピンチはチャンスでもある。『AIでSaaSは死んだ』と言われるがバーティカルなSaaSとミドルウェアには可能性がある」と強調する。
デジタル黒字化に向けては製品/サービスを支えるエコシステムの一刻も早い形成が不可欠だ。数十億、数百億円ではなく1兆円を目指すITベンダーやスタートアップを育てるエコシステムを形成する。ミドルウェアの設計・開発や事業開発などミドルウェアの重要性を理解できるベンチャーキャピタル(VC)の存在もまたれる。日本の強みを活かした“勝てる”ビジネスモデルを創り出す政策の作成に使える時間は、あと半年だ。
田中 克己(たなか・かつみ)
IT産業ジャーナリスト 兼 一般社団法人ITビジネス研究会代表理事。日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任。2010年1月にフリーのIT産業ジャーナリストに。2004〜2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。2012年10月からITビジネス研究会代表理事も務める。40年にわたりIT産業の動向をウォッチしている。主な著書に『IT産業崩壊の危機』『IT産業再生の針路』(日経BP社)、『2020年 ITがひろげる未来の可能性』(日経BPコンサルティング、監修)などがある。