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既存企業の破壊力はスタートアップ以上、本質を考え大きな視点での取り組みを

米Star創業者 兼 会長 ユハ・クリステンセン氏が迫る日本のDX最前線〜山口 重樹 NTTデータ副社長との対談から

志度 昌宏(DIGITAL X 編集長)
2019年10月28日

――デジタル化が本格化し、多くの企業がDXに取り組もうとしています。

山口  当社のプロジェクトにおいてもデジタル関連の動きが増えています。

 デジタル化を語る際に、良く例示されるのが「GAFA(Google、Amazon.com、Facebook、Apple)」といった企業ですが、彼らはデジタル化の中で、データ活用によって大きな力を持つようになりました。今は、既存企業がデジタル化でどうかわるのかが問われるステージにあると思います。そして我々ITサービス会社も、そこにどう貢献するのかが問われています。

クリステンセン  同感です。既存企業は実は、破壊力という観点では、スタートアップ企業以上に大きな力を持っています。たとえばディスラプター(破壊者)として米Uber Technologiesが有名ですが、彼らが成長したのは既存のタクシー会社が同様のサービスを提供しなかったからです。タクシー会社が取り組めば、もっと早くサービスを開始できたはずなのです。

 既存企業が持つ力とは、(1)強力なブランドと既存顧客、(2)社内システムなどの資産、(3)プロフェッショナルなノウハウとデータです。これらの構造改革を図り、企業としての最終形を考え直す、つまり「ReThink(再考)」が今、求められているのです。

 最終形は何か、8〜10年後にどうなりたいのかを真剣に考え直さなければなりません。しかし、そこへの道のりが明確に見えているわけでもありません。そこがまさに、Starがクライアントとのワークショップなどの継続的なアクティビティを通じてReThinkを支援する理由です。

 最終ゴールを理解しているからこそ、会社の運営上の現実、すなわち自社で何ができていて何ができないのかを明確に理解できるのであり、そこから今、何をすべきかが明確になってくるのです。これをオペレーションに落とし込めれば成果になって現れるのです。

山口  既存顧客に対しては、我々も顧客の顧客、つまり利用者の課題をとらえ切れていなかったということもあります。タクシーの例では、顧客にとっては利用客を増やすことが重要ですが、利用者にすれば「移動したい」ということが課題です。課題を広くとらえ直すことが新しいサービスを考えることにつながります。

 最近は当社でも、レジに人を配置しない「レジ無しデジタル店舗」の出店を支援するサービスを開始しましたが、これも店舗運営の効率化を考えるだけでは新しいサービスは生まれてきません。店舗を消費者の生活と結び付けることで、献立の提案や荷物の取り置き、家計簿の代替など、さまざまなサービスへと広がるのです。

 このように顧客の課題を広くとらえ、それをデジタルとデータで解決するというデザイン思考のアプローチが求められていると強く感じます。

――しかし「ディスラプション(破壊)」という表現によって、既存企業の多くは自ら考えるよりも、新たな勢力への対応に追われているようにも見えます。

クリステンセン  ディスラプションこそ、既存企業が取り組むべき課題です。これまでは、事業の維持に集中し顧客に目が行かなかったり、商品に集中しベネフィットを考えられなかったりしたかもしれません。ですが、今こそ真の顧客は誰か、そして顧客はどんな便益を求めているのかに気付くべきです。

 流通業でいえば、「毎日何を食べるか」は消費者にとっては日々、最大の課題の1つです。ところが商店の棚にはモノが並んでいるだけです。消費者が望む便益は、たとえば「今夜の家族のための食事」なのですが、多くの流通業者が消費者を「買い物かごにランダムに商品を入れる人」と見ていたりします。最終顧客が何を求めているかを考えられるようになれば、ディスラプションは“脅威”ではなく“機会”に変わるはずです。

 ディスラプションに対する怖れを良いモチベーションに変えなければなりません。他社の真似をするだけで終わっていてはイノベーションは起こらない。最終顧客に向けたサービスを考え、提供することがイノベーションにつながっていきます。

山口  デジタルテクノロジーは、競合相手の動きだけを見ていると“脅威”に映りますが、顧客に新たな価値を提供することを考えれば最善のツールになります。

 ただ、そのためには、テクノロジーの進化を先読みし、それを顧客に向けたサービスに展開できるだけの“目利き力”が必要になります。これは事業会社だけですべてをカバーするのは難しいでしょう。当社としては、そこを支援し、社会の潜在課題を掘り起こし顧客視点での解決を支援したいと考えています。

 そこにデザイン思考のアプローチが効いてくると期待しています。デジタル化が進む中では、CX(Customer Experience:顧客体験)の意味も変わってきています。今デザインしなければならないのはデジタル化後のCXです。

 たとえば、ネットワークにつながったクルマである「コネクテッドカー」を考えてみると、走行状況などが分かるため、それに併せて組み込まれているソフトウェアをアップデートすれば、クルマが提供できるサービスレベルを変えられます。そこでは、最初に提供する時のクルマではなく、利用されることによって提供できる新たな価値を想定したモノ作りが必要です。既存のサービスに対するデザインアプローチではなく、デジタル化したサービスに対するデザインアプローチが求められます。つまりアプローチのスタート地点が変わってきているのです。

 デザイン思考はB2C(企業対個人)の事業エリアで多用されていますが、上記のように考えれば、重工業や設備産業など、B2B(企業間)型の産業においても有効だと思います。B2B、B2B2C(企業対企業対個人)の領域にもアプローチしたいと考えています。

クリステンセン  その通りですね。CXはパラレルに複数存在し、目の前に見えているのは、それらの氷山の一角でしかありません。CXの全体像を把握するための手法がデザイン思考であり、いくつも調査やインタビュー、試作などを実施しなければなりません。その過程は、マラソンのようなもので、一朝一夕には終わりません。

 航空会社の独ルフトハンザの例を挙げれば、Starは彼らと共に顧客の動きを理解するために、まるで探偵のように行動し顧客の行動を分析しました。単に顧客の動きに留まらず、顧客に対しスタッフがどう行動しているか、その行動によって顧客の反応がどう変わるかまでを追跡したのです。こうした取り組みにも当社が伴走しました。

 コンビニエンスストアは日本が育んだ業態の1つですが、まだまだ消費者個人の体験が最優先に考えられているとは言えません。ここにデザイン思考を採り入れれば、消費者がより楽しく頻度高く足を運んでくれるような改革が起こせるはずです。