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デジタル時代の熟練技術者育成法、HCMI×日本溶接協会×NSSOLによるAI溶接シミュレーターが起爆剤に
熟練者のノウハウをモデル化し身体の動きを含めた学習環境を提供
- 提供:
- 日鉄ソリューションズ
溶融池を基準に正しい身体の動きをAIで見つけ出す
青山 和浩(以下、青山) :東京大学 工学系研究科 人工物工学研究センター 教授の青山 和浩です。研究開発中のシミュレーターを使ったトレーニングは、正しい溶接の方法がいくつもあることを許容し、応用力が高い技能習得が見込める点で極めて効果的です。
溶接の機械化や自動化は、ずいぶん前から取り組みが進められてきました。そこでは、最適な溶接条件が求められ、確定であることが前提になっています。建設物や船、ロケットといった一品物の溶接や、作業環境が常に変化する屋外での溶接は多様であり、機械化のためには大掛かりな仕組みを導入しなければなりません。機械化の費用対効果を考えると、人が作業したほうが良く、人手による溶接作業がなくなることはないのではないかと思われます。
逆に言えば、人に任される溶接は、それだけ条件が複雑で多様だということです。製品構造の複雑化や素材の多様化に応じて、溶接技術者には今後、溶接する向きや姿勢、様々な溶接条件を最適に組み合わせて溶接できる能力が、ますます求められます。
ものづくりが高度化する中、素材の高機能化により溶接の仕方も日々、見直しが求められています。新しいシミュレーターでは、多様な素材を仮想世界で試すことで、種々の判断に必要な知見の獲得にも役立ちます。
──仮想世界を活用するシミュレーターとは、具体的にどのような仕組みなのでしょう。
笹尾 和宏(以下、笹尾) :日鉄ソリューションズ (NSSOL)技術本部 システム研究開発センター デジタルツイン研究部 主席研究員の笹尾 和宏です。当社はHCMIコンソーシアムの設立企業の1社として今回の身体知に着目した溶接シミュレーターの研究開発プロジェクトに参加しています。
研究開発中のシミュレーターでは、溶接に必要な勘やコツなど言語化しにくい暗黙知を個人差までをふまえて習得可能にすることを目指しています。そのために今回は、アーク熱等によって金属が融けて池のようになる「溶融池」の形状に着目しました。
溶融池の形状は溶接の品質を決める重要な項目です。溶融池は作業中、常に変化し続けています。最適な溶融池を得るには、溶接の速度や溶接棒を動かす速さ、当てる角度などがチェック項目になります。
求められる溶融池を適切に制御するための身体の動きをAI(人工知能)技術を使ってシミュレーションすることでトレーニングができるようにしています。
溶接時の姿勢やトーチの動きのAIモデルで点数化
青山 :溶接の品質にとって重要な溶融池は、材料特性や溶接条件などから物理的現象として計算できます。従来の溶接シミュレーターは、この計算が合っているかどうかに焦点を当ててきました。
新しい溶接シミュレーターでは、2つの機能を実現します。1つは、条件が同じなら結果も同じであるという溶接現象の物理シミュレーションの機能です。これは溶接現象を機械学習で代替するサロゲートモデルで実現します。
もう1つは、このサロゲートモデルで再現される物理現象と連動して、溶接技術者の身体の動きを評価する機能です。そこでは、溶接技術者の動きをセンシングし、事前に用意した動きのAIモデルと照らし合わせたり学習したりします。これら2つの機能を組み合わせることで、勘やコツといった暗黙知を仮想世界で体験し、学べるようになります。
笹尾 :考え方は、スポーツのトレーニングと同じです。プロ選手は自身のフォームをビデオで常に確認しています。ただ我々は、上手な人のプレーを真似したつもりでも、期待する結果を出せません。野球でいえば、ボールがピッチャーからバッターに届くまでの短い時間で何を判断し見ているのか、その結果として、どこに重心を置き、どこに力を入れるのかといった実際の動きを、画像だけからはつかめないからです。プロ選手は、そうした力加減を体得しているため、フォームだけからでも身体の動きを再現できるのです。
これと同様のことを溶接に適用するのが今回の溶接シミュレーターです。溶接の難しさは、金属が溶ける状況を先読みし、それに合わせてリアルタイムに手を動かす点にあります。つまり溶接技術者は、金属と“格闘”しながら作業を進めています。その動きに対応した溶接現象を示すデータを大量に用意することで、実際の動きに基づいた溶接現象を仮想空間に再現します。
その際に、手本である熟練の溶接技術者のモデルとの差分を検出することで、より上達するためには、作業の動きをどう見直すべきかを個々人に提示できるようになります。その差分をシミュレーションにより身体で覚えられるようにするのです。