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デジタル時代の熟練技術者育成法、HCMI×日本溶接協会×NSSOLによるAI溶接シミュレーターが起爆剤に

熟練者のノウハウをモデル化し身体の動きを含めた学習環境を提供

2022年9月6日

──研究開発はどの程度まで進んでいますか。

小野 友之 :日鉄ソリューションズ 技術本部 システム研究開発センターデジタルツイン研究部 主任研究員の小野 友之です。人の動作に関しては、熟練者による現場作業データを元に学習したAIモデルと比較し、溶接訓練時の姿勢やトーチの動きの良し悪しを点数化できるようになっています。当然、溶接シミュレーターで溶接をした後には、自身の身体の動きを確認できます。そこでは、産総研が持つ、映像からのモーションキャプチャー技術などの研究成果やノウハウを活用しています。

写真5:日鉄ソリューションズ 技術本部 システム研究開発センター デジタルツイン研究部 主任研究員の小野 友之 氏

 一方、溶接現象のAI予測モデルについては、改善すべき箇所がまだあります。例えば、溶接の結果データとして、半自動アーク溶接における下向きのデータは一定量取得できているのですが、このデータを熟練の動きと連動させるAIモデルの精度には改善余地があります。

 溶融池についても、下向き以外の溶接姿勢である横向き、立向き、上向き、パイプといったバリエーションへの対応が課題です。ただ、これらは、データが蓄積されていくに伴っておのずと解消されるはずです。

笹尾 :もう1つ頭を悩ませているのが、シミュレーション結果による学習効果の最大化です。身体技能は“コツ(自我を中心とした身体知)”と“カン(情況投射による身体知)”に分解できます。ですが、これらを言葉で伝えることは容易ではありませんし、お話してきたように体格や筋力など個人差もあり一律の型にはめるわけにもいきません。身体をどう動かすべきかを、より容易に、かつ正確に気づいてもらうためには、どんな情報やフィードバックを与えればよいのか。教育用ツールの命題として引き続き考えていかねばなりません。

“ディープデータ”を日本の競争力に変える

岩井 :我々の間では「一人の師匠に合わせるのではなく、豊富なデータという、いわば何人もの師匠の中から自分に合う師匠を学習する側が選べ、自ら学びながら成長できるシミュレーターに仕上げる」という認識を全員が共有しています。溶接の真理を突くシミュレーターという高い目標を持ち、一歩ずつ、しかし着実に歩みを進めています。

水沼 :AI技術を使うことによる将来的な可能性は決して小さくありません。当協会には、溶接結果である溶接跡(ビード)を見ただけで「何がどう悪かったのか」を見抜く熟練者もいます。彼らの知見をAIモデルに取り込めれば、失敗原因を提示することで学習効果をさらに高められるはずです。溶接技術の底上げを促せれば、日本のものづくり能力の向上にも寄与できます。

 身体の動きまで加味するシミュレーターは溶接以外にも、さまざまな場面に流用できるのではないでしょうか。

青山 :生産技術の革新は常に進みますが、こと溶接においてはロボットも熟練者の動きを真似るものでしかなく、現時点では職人技に到底及びません。溶接技術のさらなる発展のためにも、新しいシミュレーターの可能性は計り知れません。

 働き手にとっても、技術習得のメリットは小さくないはずです。本来、人は物理的にものを作ることに惹かれる存在です。最近のネット上では溶接の動画も人気を集めています。「溶接女子」を自称するアイドルも登場しています。実際に溶接はしなくても、若者がシミュレーターを使って趣味として溶接を楽しむことも十分に考えられます。

 例えば、eスポーツの世界では、技術を磨き続ければ待遇が上がり、個人事業主でも年収1000万円超といった高収入を得られる道が開けています。溶接が好きだということが収入という成果につながるとなれば、溶接技術者のなり手が増えても不思議ではなく、人材不足の解消も期待できます。

水沼 :新しいシミュレーターは溶接技術について実際に触れる機会を増やす有効なツールになるはずです。人材獲得の観点では、業界全体への女性の進出不足も課題の1つですが、溶接技術の巧拙に男女差は関係ありません。前述の溶接女子アイドルも相当に高い技術を持っています。日本溶接協会では「溶接女子会」を結成するなど、溶接技術への女性の関心を高め人材のすそ野を広げる活動に注力しています。少しずつですが女性の溶接技術者も増えています。

岩井 :HCMIコンソーシアムとしても、そうした世界を是非、実現したいと考えています。そのためにはまず、広く利用してもらうことが第一です。低廉なクラウドサービスの提供も検討を始めています。

 職人が多い日本は、人の動きなど実体を示す“ディープデータ”の宝庫です。日本の成長を牽引する財産であり、このシミュレーターは、その蓄積と活用のためのツールです。HCMIコンソーシアムでは今回の経験を基に、他の製造技術にも横展開することで、日本のものづくりにおけるディープデータの活用、ひいては競争力向上の支援に取り組んでいきます。

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日鉄ソリューションズ