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トヨタ自動車、特許化しない知財を管理し事業展開や協創を支援

全社DX推進のもと知的財産部がブロックチェーン/分散型台帳技術を使って開発

2022年10月17日

「CASE(Connected:ネット接続、Autonomous:自動運転、Shared:シェリング、Electric:電動化)」に象徴されるデジタル化により業界構造の大転換が進む自動車業界。そうした中、トヨタ自動車が全社のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させている。その一環で、同社知的財産部がブロックチェーン/分散型台帳技術を使った知財管理システムの構築に取り組んでいる。外販も視野に入れる同システムの狙いや将来構想などを中核メンバーに聞いた。(文中敬称略)

——トヨタ自動車は「モビリティカンパニーへの脱却」を掲げ、デジタルトランスフォーメーション(DX)に大きく舵を切っています。そのなかで知的財産部も知財管理のDXに取り組んでいます。

山室 直樹(以下、山室) :トヨタ自動車 知的財産部 車両技術知財室長の山室 直樹です。知財管理は、自動車の設計から開発、製造、さらには「モビリティカンパニー」宣言後はビジネスモデル特許などが増えるなど知財の質も変わってきています。

写真1:トヨタ自動車 知的財産部 車両技術知財室長の山室 直樹 氏

特許申請せず“秘匿”する知財が増えている

 知財管理は大きく、特許情報を他社とのアライアンスなどに活用する“攻め”の管理と、自社の知財を保護する“守り”の管理に大別されます。トヨタを含め大企業では“守り”の管理が手厚くなる傾向にあります。その中でも昨今、重要性が高まっているのが、特許申請はせずに社内で秘匿・保護している知財の管理です。

 知財を特許化せず秘匿する理由の1つは、特許出願により公開した知財に対する悪意を持った模倣リスクの回避です。もう1つは出願に伴う手間とコストです。当社が出願する特許の数はグローバルで年間1万2000件ですが、それでも1年間に生まれる知財の一部です。知財のすべてを出願することは現実的ではありません。

 一方で知財の秘匿には厄介な問題があります。秘匿していた知財と同内容の特許を他社が申請し成立すれば、当社が特許侵害していると訴えられてしまうことがあることです。近年のグローバル化により当社も現地での研究開発も進めていますが、そうした活動は技術や知財の流出リスクを確実に高めてもいます。

 さらに昨今は、サービス関連事業の開発などに向けて、ベンチャー企業を含めた種々の企業と共創(オープンイノベーション)する場面が増えています。そうした会議では、さまざまなアイデアを交換し合うわけですが、「誰のアイデアか」を明確にできなければ、アイデアの出し惜しみや盗用といったことが起こりかねず、共創を進められないのです。

 こうした状況を防ぐために特許法は「先使用権」を認めています(図1の左)。特許が成立した知財について、成立以前に考案し実際に事業化を進めてきたことを証明できれば、その知財を引き続き利用できる権利です。先使用権を担保できれば、知財を秘匿しながら、他社の特許権からも事業を守れることになります。先使用権が認められなければ、数億〜数十億円の和解金を支払わなければならない可能性もあります。

図1:特許申請以前の知財を守るための必要な仕組みのイメージ

 先使用権を主張する際の根拠になるのが、研究開発などに関する各種の文書です。ただ証拠として認められるには、その文書の発生日時はもとより、非改ざん性や関連性、順序性などを証明できなければなりません。しかし現実には、専任者の配置や公証コストなど少なからぬ負担を覚悟しなければなりません。これまでは「ノウハウ性が高いので大丈夫だろう」との認識や多忙さなどを理由に、文書を十分には管理できていなかったのが実状です。

 しかし知的財産部としては問題意識が高まっていました。そこで、先使用権の確保に焦点を当てた文書管理の仕組みを実現するための「Proof Chain of Evidence(PCE)プロジェクト」を2020年にスタートさせました。

 2020年度(3月期)はPoV(Proof of Value:価値検証)と技術検証を、2021年度にはプロトタイプの社内検証をそれぞれ実施しました。今は、2023年1月の本番稼働に向けた開発を進めています。一部の開発部門による試験運用では特に問題は指摘されていません。