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トヨタ自動車、特許化しない知財を管理し事業展開や協創を支援

全社DX推進のもと知的財産部がブロックチェーン/分散型台帳技術を使って開発

2022年10月17日

文書固有のハッシュ値と順序をブロックチェーン/分散型台帳技術で保全

——電子文書の証拠能力はどのようにして担保しているのでしょう。

深津 航(以下、深津) : ScalarのCEO(最高経営責任者)/COO(最高執行責任者)である深津 航です。最終的に、ハッシュ関数とブロックチェーン/分散型台帳技術を提供する当社製品「Scalar DL」を組み合わせる手法を採用しました。

写真3:ScalarのCEO(最高経営責任者)/COO(最高執行責任者)である深津 航 氏

 証拠の保全は、文書ファイルのハッシュ値をScalar DLに格納することで実現しています。格納したハッシュ値をScalar DL から取り出すときに、そのハッシュ値が改ざんされていないことをチェックしたうえで、格納されていたハッシュ値と、検証したい文書ファイルのハッシュ値を比較することで、文書ファイル自体が改ざんされていないかどうかを検証するのです。

 加えて、Scalar DLに格納されたデータは順序性を持った状態で記録されており、この順序が改ざんされていないかどうかも検証できます。この仕組みを使えば、ハッシュ値の格納後に、時刻の証明データであるタイムスタンプを記録することで、その文書ファイルがタイムスタンプを取得した時点よりも前に存在していたことが証明できます(図2)。認証されているタイムスタンプンは国ごと異なるため、PCEでは証明が必要な国のタイムスタンプすべてを記録しています。

図2:ブロックチェーン技術とタイムスタンプを組み合わせた「Proof Chain of Evidence(PCE)」のシステム概念

松本  電子データの真正性を担保する方法としては、文書の作成日時を付加するタイムスタンプや電子署名の付与が一般的です。ただ、これらは有効期限が長くても10年と、知財の保護に必要な期間としては短すぎるのです。タイムスタンプは国ごとに付与する必要もあり、手間とコストがかさむという問題もあります。PCEの仕組みでは、ブロックチェーン/分散型台帳技術とタイムスタンプを併用することで、これらの問題を解決しました。

深津  一般にブロックチェーン/分散台帳技術ではスケーラビリティ(拡張性)が課題になります。それをPCE ではScalar DLが持つ仕組みを用いて解決しました。具体的には、ブロックチェーン/分散型台帳技術で使われるハッシュチェーンを有効性グラフに格納し、更新するデータ同士が相互に依存しなければ同時に処理します。加えて、改ざん検知に絞ることで、データを配布しなければならない管理組織を、ブロックチェーンなどでは最低4つ必要なところを2つに留めています。

 そのうえで将来の拡張性を踏まえ、システムはクラウドサービスの「Microsoft Azure」上に構築しています。当社製品は複数のクラウドサービスに対応していますが、今回はマルチテナント対応など、PCEが求める要件への対応度合いと、当社の要求に迅速に応えてくれる点を評価しAzureを選びました。実際、今回の開発中に発見した不具合にも即座に対応していただいています。

吉澤 整  日本マイクロソフトのAzure第二営業本部 Data&AI Specialist/担当部長の吉澤 整です。当社はAzureを介してインフラ・技術を提供する役割ですが、PCEプロジェクトでは、開発に先駆けて必要な環境を提供し、システム構成の事前レビューなどを実施しています。Scalarには先進技術に強い技術者が多く、Azureに対する改善要望は当社が提供するクラウドサービスの付加価値向上にもつながっています。今後も問い合わせや緊急対応を含め、技術面からの支援体制を継続する考えです。

山室  改ざん防止や証跡管理の仕組みはAzure上で動作していますが、文書データそのものは預からないこともPCEでは重要なポイントです。文書データは、オンラインのストレージサービス「box」上で管理し、そのハッシュ値だけをPCEで管理しています。利用者の使い勝手を考慮した結果で、利用者にはboxしか見えません。つまり、PCEの仕組みを意識することなく知財に関する文書を証拠性をもって管理できるのです。

共同開発や協創での無用のトラブルを回避する業界インフラに

−−本番稼働に向けて今後は、どのようなことに取り組む計画でしょう。

松本  PCEは、トヨタグループ内での横展開に加え、知財を直接的に扱う技術者だけでなく事務職にまで、その利用層を拡大したいと考えています。そのためには、利用者が積極的に使えるよう使い勝手の向上を図っていきます。

 例えば、現段階のPCEでは文書ファイルを手動で特定の格納場所に保存する必要がありますが、社内にはすでに各種レポートを一元管理する仕組みが存在しています。そうした仕組みやワークフロー管理システムと連携することで、格納作業の自動化が可能になります。こうしたノウハウを常にフィードバックすることでサービスの利便性を常に高めたいと考えています。

 併せて、知財管理以外の用途も開拓します。すでに一般文書を保全する仕組みへの応用などが視野に入っており、その実現にも取り組みます。

山室  PCEが文書データそのものを管理しない仕組みは、「知財に関する文書が勝手に見られているのでは」という疑念を抱かれないようするための配慮でもあります。PCEに関しては、トヨタグループ内での利用に留まらず、社外にも知財関連文書の管理サービスとして提供することを計画しています。

 冒頭でお話ししたように今は、技術のすべてを自前で揃える時代ではなくなりました。鍵を握るのが共同開発などですが、各社の機密情報が混ざり合い、漏えいリスクが高まっています。知財の所有権や先使用権を担保するための仕組みの必要性は、各社が感じているはずですが、なかなか着手しづらいことは、当部の経験からも分かります。

 PCEを知財管理の共通インフラとして利用されれば、知財に関する無用のトラブルが回避でき、共同開発や共創に安心して取り組めると期待します。その環境が、互いを高め合うための“場”となれば、日本の競争力の向上に少しでも寄与できるのではと考えています。

写真4:PCEプロジェクトの主要メンバー。左からトヨタ自動車 知的財産部の松本 茂樹 主任と山室 直樹 車両技術知財室長、Scalarの深津 航 CEO/COO、日本マイクロソフトの吉澤 整 Azure第二営業本部 Data&AI Specialist担当部長

お問合せ先

トヨタ自動車 データ保全プラットフォーム「PCE」

URL:https://www.toyota.co.jp/pce/

日本マイクロソフト

URL:https://www.microsoft.com/ja-jp/

Scalar

URL:https://scalar-labs.com/contact_us/