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トヨタ自動車、“市民開発”で工場のデジタルカイゼンを推進

Power Platform + Teamsで現場が求めるアプリを現場で開発

2022年12月5日

システム化は“自分ごと”ではなかった

——これまでも工場のデジタル化に取り組まれてきたわけですが、市民開発は、どのような変化をもたらすと考えますか。

永田  スピードの向上、すなわちリードタイムの短縮につきると思います。システムの開発は基本、外部のITベンダー様に委託しています。そのため、1年以上前から予算確保に動き、そこから開発が始まるため、実際に稼働するまでに長い時間がかかってしまうこともあります。

 開発を依頼するITベンダー様に弊社の実業務のすべてを理解していただくのは困難です。完成したシステムが実際の業務にフィットしないということになれば、手直しのためのさらに時間やコストが掛かってしまうリスクがあります。

 田原工場における市民開発による業務改善では、ITベンダー様に依存することなく、現場が必要とする機能を自分達ですぐに開発できました。予算確保のための準備や各種の申請作業、現場の細かな要求をITベンダー様に伝える作業など、これまで当然と思ってきたものの、長いリードタイムの要因になる作業を大きくカイゼンできたと感じています。

𠮷田  カイゼンを得意とする当社ですが、システム仕様に関しては自分達の専門外、領域外だという固定観念に縛られおり、積極的な取り組みが薄かったのは事実です。工場の現場には、システムに入力するためにデータを転記するといったアナログ作業があちこちに残っています。そこにカイゼンの余地があることには気づきながらも、固定観念だったり専門スキルが不足していたりすることを理由に、具体的な行動が起こりにくくなっていました。

 それだけに市民開発の取り組みが始まったことの現場へのインパクトは相当に大きなものでした。システムは「与えられたものを使う」と思っていた現場が、市民開発により、根本的に変わり始めています。

市民開発によりデジタルカイゼンの連鎖が起こり始めた

——田原工場では市民開発で、どんなアプリケーションを開発していますか。

小金澤  第2鋳造課で開発しているアプリはどれも、現場の困りごとや悩みを解消するものばかりです。設備の保全業務用アプリが、その1つです。スマートフォンを使って保全のための作業内容を登録したり、職制によるメンバーの安全を管理したりに活用しています。

写真4:市民開発によるスマートフォン用アプリケーションを現場で活用する

 従来、担当者は詰所にある黒板に、行き先や作業内容などを記入していました。ですが工場が広大なため、作業のたびに作業場所と詰所を行き来しなければなりませんでした。本アプリにより、保全作業1件当たりの作業時間が平均16分から9分にまで削減されるなど、十分な費用対効果を得られています。作業場所から予備部品の所在を検索できるスマホアプリもあります。

 災害につながる恐れのある事象に対する気付きといった“ヒヤリハット”を提案・報告するためのアプリでは、紙の提出が不要になったことに加え、集計や分析が容易になり会議のための資料作りも必要なくなりました。集計結果など大型画面で共有することで、ファクトに基づく判断がすぐに下せ、次の行動を起こせるようになっています。

写真5:詰所前に設置された大型画面でファクトを確認し次の行動に移す

𠮷田  工場DXの対象には、モノづくりに直結する付加価値が高い業務と、それらに付随する間接業務とがあります。現時点で市民開発の対象にしているのは、後者です。工場の使命である、モノづくりの安全性や継続性などを勘案しつつ、現場にある豊富なノウハウをアプリという形にしたいと期待しています。

 エンジン製造部では、市民開発がこの6カ月で大きく前進しました。実用化した代表的な8つのアプリでの実績では、モデル職場だけで月間146時間の時短が図られています。ROI(投資対効果)換算では304%のカイゼンです(図1)。将来的には部署全体への展開で781時間の時短、ROIは666%にまで拡大する見込みです。

図1:田原工場エンジン製造部における2022年4月〜9月までに実施した市民開発の業務効率化効果

 現場にはデジタルを活用できるカイゼンのための着眼点は山ほどあります。それらをアプリ化するためには、開発時間を捻出する必要もあります。現場メンバーが日々の業務と開発の両立に取り組むのは難しいだけに、期間を設けて開発業務に専念してもらうといった工夫や配慮もしています。

小金澤  市民開発に取り組み始めて気づかされたことに、「自前でのカイゼンは連鎖を呼ぶ」ということがあります。ヒヤリハットのアプリでは、現場の“今”が分かるため議論も真剣さを増し、業務の質も確実に向上しています。設備保全用アプリでは、作業時間が想定よりも長ければトラブルが発生していると判断し迅速な支援に役立てられるのではといったアイデアも生まれています。

 これが外注であれば、アプリが完成すればそれで終わりで、次のカイゼンという発想は浮かばなかったでしょう。自前アプリを運用し始めたことでデジタルの便利さが伝わり、今では多くの要望・アイデアが寄せられるようになっています。

 従来業務と同様、デジタル技術を活用する場合でも「カイゼンの積み重ねが自分達の仕事だ」との認識が現場に根付きつつある状況は、市民開発でなければ到底発想できなかったと思います。