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キリンビール、“生への畏敬”を大切にデジタル化で新製品・新事業を支える

キリンビール 常務執行役員 横山 昌人 氏

奥平 等(ITジャーナリスト/コンセプト・プランナー)
2022年6月22日

強固なブランド体系と新たな成長エンジンの実現へ

 こうした変化にキリンビールの製造現場は対応してきた。製造拠点は1990年代初頭には全国14カ所あったが、2010年代には9拠点にまで縮小した。その過程では、従業員のスキルアップ、設備の効率化や新商品への設備転用を推し進めた。近年ではAI(人工知能)やIoT(Internet of Things:モノのインターネット)などのテクノロジーを積極的に導入し、生産性のさらなる向上に努めている。

図2:キリンビールの現在の製造拠点

 コロナ禍で、キリンビールの主要顧客である飲食店が休業や営業時間の短縮を強いられ、業績に甚大な影響を与えている。工場の従業員は約35%減ったが、「働き方改革を進めることで解雇はしていない」(横山氏)

 だが、明るい兆しもある。2020年のビール類の市場において、キリンビールは11年ぶりにシェアトップを奪還した。横山氏は、その理由として「本質的価値への立ち返りがあった。キーワードは『強固なブランド体系の構築』と『新たな成長エンジンの育成』だ」と分析する。

 強固なブランド体系とは、「一番搾り」「本麒麟」など“定番”ブランドの価値向上を徹底したことだ。同時に消費者の健康志向を踏まえて、日本初の糖質ゼロビール「一番搾り糖質0」や、素材の良さでカラダへの優しさを追求した「発酵シリーズ」、糖類・甘味料不使用で果実感を活かした「氷結 無糖シリーズ」などを製品化した。

 新たな成長エンジンの育成は、クラフトビールへの積極的な展開だ。2021年3月に、素材や製法にこだわった「SPRING VALLEY 豊潤<496>」を発売。2022年3月には同製品のリニューアルも実施した。2024年までに、全ビール類市場の2%を超える水準までクラフトビールを伸ばす戦略を描く。

 さらに2021年4月からは、製品を家庭に直接届ける会員制生ビールサービス「Home Tap」をスタートし、サブスクリプション(購読)型のD to C(Direct to Customer)のビジネスモデルを確立した。Home Tapでは、プレミアム一番搾りのほか、他社のクラフトや季節限定のビールも選べるようにしている。

 業務用市場に向けても、突破口となる「Tap Marché」を投入している。4種類のビールを1台で提供できる小型ディスペンサーを開発したほか、20社以上のクラフトブルワリーと提携し、飲食店が多様なクラフトビールを提供できる仕組みを実現した。多様な選択肢を提供するために開発した3リットルの専用ペットボトルには、「風味の変化を最小限に抑えられる自社技術も活用している」(横山氏)という。

 配送容器の小型化は「あらゆる環境変化をネガポジ転換するバックボーンになり得る」(横山氏)とみる。例えば、2024年4月からトラックドライバーに対し時間外労働の上限規制が適用されるし、2026年までに酒税が段階的に変更される。「小型化は、物流不安に対する共同配送の仕組みにも寄与できるはずだし、守勢変更に伴う商品ポートフォリオの策定においても一歩先の展開を図れるはずだ」(横山氏)からだ。