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ドイツ鉄道、欧州最大級の鉄道網の資産管理にBIMとデジタルツインを活用へ

米Autodeskのイベントより、InfraGO BIMスペシャリストのゲイリー・フィリップス氏とDB Systelシニアコンサルタントのクリスチャン・マンテ氏

佐久間 太郎(DIGITAL X 編集部)
2025年12月11日

欧州最大級の鉄道網を運用するドイツ鉄道(DB:Deutsche Bahn)が、その運用・保守の効率化に向けたデジタルツインの構築を急いでいる。同プロジェクトに関わる2人のキーマンによる「Autodesk University 2025」(米ナッシュビル、2025年9月16日〜18日)と「Autodesk Rail Summit 2025」(スペイン・マドリード、2025年11月4日〜5日)での講演から、ドイツ鉄道の取り組みを紹介する。

 「DX(デジタルトランスフォーメーション)における真の難関は『企業文化の変革』にある。常に変化が起こることを受け入れ、その準備を整えるべきであることに理解を得る必要があるからだ」--。ドイツ鉄道(DB:Deutsche Bahn)グループで、鉄道インフラの運用を手掛ける独DB InfraGO(デーべー・インフラ・ゲーオー)のBIM(Building Information Modeling:建物情報モデリング)スペシャリストのゲイリー・フィリップス(Gary Phillips)氏は、こう指摘する(写真1)。

写真1:独DB InfraGOのBIMスペシャリスト ゲイリー・フィリップス(Gary Phillips)氏

 国有企業であるドイツ鉄道は、グループ全体の売上高が2024年度に約262億ユーロであり、従業員数は約22万5600人を数える。グループには、国際・長距離輸送の「DB Fernverkehr(フェルンフェアケーア)」、地域・近距離輸送の「DB Regio(レギオ)」、貨物輸送の「DB Cargo(カーゴ)」、エネルギー供給の「DB Energie(エナギー)」などがある。

 これらの列車の運行に必要な全ての物理的な資産を管理するのがDB InfraGOの役割だ。管理する線路の総延長は約3万3400キロメートルに及び欧州最長である。5400カ所の駅や、年間1億5970万回の停車を支える鉄道インフラを維持管理している。

中小規模を含む全プロジェクトで“最低限のBIM”を実装

 ドイツ鉄道は現在、設計・施工段階におけるBIMの徹底的な標準化と、運用・保守段階でのBIMデータの活用に向けた「自律型デジタルツイン」(フィリップス氏)の構築を進めている(図1)。

図1:設計・施工段階から運用・メンテナンス段階までのデータを統合しデジタルツインを構築する

 まず足固めとして、大規模プロジェクトだけではなく「中小規模を含む全プロジェクトに対し“最低限のBIM”を全社的に実装する。現在1000件以上のBIMプロジェクトが進行中である」とフィリップス氏は説明する。

 鉄道管理では、線路や駅舎のほかに、膨大な資産をいかに効率良く管理するかが問われる。ドイツ鉄道の資産には、2500基のエレベーターや5300台の券売機なども含まれる。フィリップス氏は「主要拠点はもとより、地方にある駅のホーム延長やエレベーター設置といった日常的な修繕工事にもBIMを活用している」という。

 プロジェクトとBIMの増加を受けて、最低限のBIMの品質を維持するためにフィリップス氏が手を付けたのが契約書類の位置付けの見直しである。発注者情報要件(EIR:Employer Information Requirements)やBIM実行計画(BEP:BIM Execution Plan)といった文書を「現場のエンジニアがプロジェクト開始時に参照すべき具体的な『ToDoリスト』として利用するようにした」(同)

 ToDoリストによりプロジェクトの開始時点で「何を、どの形式で、いつ納品するか」について「契約レベルでタスク化し提示する」(フィリップス氏)。「BIMの専門家が常駐しない小規模な現場でも、契約書に従って作業を進めればBIMの品質を満たせる仕組み」(同)である。

 多くの関係者が関与するプロジェクトでは「全員が状況を即座に理解できる仕組みも必要になる」(フィリップス氏)。そのためドイツ鉄道では、土木や構造、設備などで異なる種類の設計データをプロジェクトレビューソフトウェア「Navisworks」(米Autodesk製)を使って1つに統合し、属性情報の確認や調整に利用している。

 Navisworks上では、進行状況を色分けで示すルールを策定した。具体的には黄色は「解体」、赤色は「新設」、灰色は「維持」を表す。フィリップス氏は「プロジェクトに短期間しか関わらなくても、何が起こっているのかを素早く理解できるようになった」と話す。

 併せて、各段階でのデータ受け渡し時には「厳格な品質チェック手順を組み込み、取得した現況データを設計に確実に反映させるワークフローを確立した」(フィリップス氏)という。

 その背景には、ある駅のプラットフォームに雨よけを設置する工事での失敗がある。「計画上は適切に配置されたはずの雨よけが、施工段階で現場の樹木と干渉することが判明した」(フィリップス氏)のだ。原因は、点群データを取得していながら、計画部門がそれを参照せずに設計を進めたことにあった。「データが存在することと、データが活用されることは別物だ」とフィリップス氏は強調する。